第25話 観測者は、異常を数字で見る
前線に立っていないというだけで、
戦争から切り離されるわけじゃない。
俺の役割は、今は観測だった。
殴らない。
守らない。
判断もしない。
ただ、
起きていることを見る。
指揮所の奥、
複数のモニターが並ぶ区画に俺は立っていた。
アメリカ戦線。
正確には、
「アメリカ東部方面・第七防衛ライン」。
表示されているのは、
戦闘映像ではない。
ログだ。
時刻。
部隊番号。
接敵記録。
被害報告。
回収状況。
すべて、
数字と短文だけで構成されている。
「……静かすぎるな」
隣にいた分析担当が、
低く言った。
確かに、静かだった。
アメリカ軍は、
火力も人員も揃っている。
異世界勢力に対しても、
序盤は安定して押し返していたはずだ。
だが。
ログが、
伸びていない。
「接敵回数が、
急に減ってる」
俺が言うと、
分析担当は頷いた。
「はい」
「ですが、
敵が引いた形跡はありません」
モニターが切り替わる。
索敵ログ。
熱源反応。
魔力反応。
敵影は、
消えていない。
「……おかしいな」
通常、敵がいれば戦闘が起きる。
戦闘が起きれば、ログが残る。
勝っても、負けても。
だが、
ここには途中がない。
「部隊C-12」
分析担当が、
一つのログを拡大する。
接敵:あり
交戦:記録なし
被害:人的損耗 38%
敵被害:不明
「……交戦、なし?」
俺は、
思わず聞き返した。
「はい」
「戦ってないのに、
四割削れてるのか」
「正確には」
分析担当が、
言葉を選ぶ。
「戦闘行動が成立する前に、
損耗しています」
背中に、
嫌なものが走った。
別のログ。
部隊A-03
接敵:あり
交戦:10秒未満
被害:人的損耗 62%
敵被害:0
「……十秒?」
「はい」
「銃撃も、
砲撃も、
確認されていません」
「じゃあ、
何が起きた」
分析担当は、
答えなかった。
答えられなかった、
の方が正しい。
回収ログが、
表示される。
遺体回収率:12%
回収不能:多数
「……回収不能?」
「形状保持が、
困難なためです」
言葉が、
やけに遠回しだった。
「……どういう意味だ」
分析担当は、
画面を切り替えた。
そこに映ったのは、
写真だった。
人の形を、
していない。
肉片。
骨。
だが、
散らばっていない。
「……まとめられてる」
「はい」
「資材のように」
空気が、
重くなる。
「焼かれてもいない」
「爆発でもない」
「切断痕も、
規則性がない」
「なのに」
「“使われた後”みたいなんです」
俺は、
無意識に拳を握っていた。
「……敵の姿は」
「未確認です」
「映像は?」
「……ありません」
理由は、
簡単だった。
「映っていない」
「カメラが壊れた?」
「いいえ」
「映る前に、
事象が終わっています」
それは、
戦闘じゃない。
処理だ。
別のログが、
自動で表示される。
戦線維持率:急落
指揮系統:混乱
兵士の士気:測定不能
「……恐怖反応が、
記録できていません」
「どういうことだ」
「叫ぶ前に、
消えています」
背筋が、
冷える。
「……誰だ」
俺は、
画面を見たまま言った。
「こんなの、
軍じゃ止められない」
分析担当は、
ゆっくりと頷いた。
「異世界側からも、
情報が来ています」
「“切り札の一つが、
動いた可能性がある”と」
その言葉で、
全てが一本に繋がった。
切り札。
準備体操。
戦闘ログが成立しない。
「……名前は」
分析担当は、
少しだけ間を置いてから答えた。
「まだ、
共有されていません」
「ただ」
「人類にとって、
明確な悪である行動ほど、
強化される能力だと」
俺は、
画面から目を離した。
喉が、
乾いている。
「……なるほど」
戦っていない。
殺している。
守っていない。
使っている。
「……これは」
制約で、
どうこうできる相手じゃない。
その事実だけが、
はっきりと見えた。




