第三部・エピローグ それでも、あの日が最善だった
夜だった。
神社の境内は、
昼の喧騒が嘘のように静かで、
風の音だけが一定のリズムで流れている。
神崎紫陽は、
石段に腰を下ろしていた。
その隣に、
時雨澪が立つ。
立ったまま、
空を見ている。
「……一つ、聞いていいか」
紫陽が言う。
澪は、
視線を動かさない。
「聞く前から、
答えは決まってると思うけど」
「それでも聞く」
紫陽は、
拳を握る。
「未来が見えるなら」
「人類悪の時、
俺の自爆を止められただろ」
空気が、
ほんの少しだけ重くなる。
澪は、
ため息をつかない。
言い淀まない。
「止めなかった」
静かな声だった。
「止める未来も、
見えてた」
紫陽は、
顔を上げる。
「でもね」
澪は、
ようやくこちらを見る。
「その未来では、
人類は負けてた」
言葉は、
短い。
だが、
切れ味がある。
「あなたが生き残って」
「核を使わず」
「人類悪を拘束して」
「綺麗に勝った未来も、
確かにあった」
「……なら」
「その先が、
地獄だった」
澪は、
淡々と続ける。
感情は、
挟まない。
「人類悪を見た異世界は、
“核を持たない地球”を理解した」
「だから、
戦力を小出しにする」
「精鋭は隠す」
「都市を削る」
「人を減らす」
「勝てないわけじゃない」
「でも、
終わらない」
紫陽は、
息を飲む。
「あなたが自爆しない未来では」
澪は、
一歩だけ近づく。
「戦争が“管理可能な消耗戦”になった」
「異世界側は、
死なない程度に攻める」
「地球は、
守れる範囲だけ守る」
「十年」
「二十年」
「その間に、
人類は疲弊して」
「最後は、
条件付き降伏」
澪は、
はっきり言う。
「人類は、
勝たないまま終わった」
沈黙。
風の音。
「……じゃあ」
紫陽は、
声を絞り出す。
「俺がやったのは……」
「初手核攻撃」
澪は、
言い切る。
「しかも、
“異常な個体”への一点集中」
「それを見て、
異世界は学んだ」
「核はある」
「躊躇もない」
「一度切ったら、
次もある」
澪は、
少しだけ目を伏せる。
「だから、
相手は戦力を小出しにした」
「精鋭を、
慎重に出すようになった」
「……そこを」
「ピンポイントで潰す」
紫陽が、
続きを言う。
澪は、
小さく頷く。
「あなたが死にかけた未来だけが」
「講和に辿り着ける一本道だった」
「……救えなかったのか」
紫陽の声は、
震えている。
「救えた」
澪は、
否定しない。
「あなた一人なら」
「でも」
一拍。
「人類は救えなかった」
紫陽は、
目を閉じる。
長い沈黙。
「だから」
澪は、
最後に言う。
「私は、
止めなかった」
「あなたが死ぬ可能性を、
許容した」
「……最低だな」
紫陽が、
呟く。
澪は、
笑わない。
「最低だよ」
「でも」
彼女は、
まっすぐ紫陽を見る。
「それでも」
「今、
人類は“次の話”を
していられる」
その言葉に、
紫陽は答えない。
ただ、
夜空を見上げる。
遠く。
まだ、
何も終わっていない。
だが。
あの日、
核を止めなかった未来だけが、
ここに繋がっている。
澪は、
最後に付け足す。
「……それと」
「もう一つだけ」
「何だ」
「第四部で」
澪は、
一瞬だけ目を逸らす。
「あなたが、
止めたくなる未来が来る」
紫陽は、
苦く笑った。
「……だろうな」
夜は、
まだ終わらない。
そして、
選択は——
まだ、続いている。




