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第三部・第35話 そこから、動かさない

配置変更は、

行われなかった。


正確には、

更新されなかった。


「……八乙女の配置、

 まだ前線外のままか?」


管制室で、

誰かが確認する。


「はい」


「一時的な措置だったよな?」


「そのはずです」


誰も、

延長命令を出していない。


誰も、

固定を決めていない。


それでも、

配置は動かない。


画面に映るのは、

変わらない座標。


前線の外。

迎撃圏の外。

安全とも危険とも言えない、

中途半端な位置。


「理由は?」


「……書かれていません」


「評価は?」


「変動なし」


「能力は?」


「問題なし」


沈黙。


「……じゃあ、

 なぜ動かさない?」


その問いに、

誰も答えられない。


現場では、

別の判断が進んでいた。


「八乙女を前に出す案、

 一度止めましょう」


「代替は?」


「ありません」


「……それで?」


「それでも、

 今は動かさない方がいい」


理由は、

誰も言語化しない。


だが、

全員が同じ感覚を持っている。


——動かした瞬間、

何かが壊れる。


いろはは、

配置地点に座っていた。


特に変わったことはない。


警報も、

指示も、

来ない。


「……また、

 ここなんだ」


端末を閉じる。


前線復帰の通知は、

届かない。


周囲を見回す。


誰もいない。


敵も、

味方も、

理由も。


(……固定、

 されたのかな)


そう思って、

すぐに否定する。


(違う)


(誰も決めてない)


それが、

一番怖い。


遠くで、

炎が揺れる。


炎帝の火線。


それでも、

ここは熱くならない。


いろはは、

服の裾をつまむ。


汚れていない。


それを確認して、

少しだけ息を吐く。


その瞬間。


雪花の視線が、

動かない。


(……動かさない)


雪花は、

心の中でそう判断する。


理由は、

簡単だった。


(ここを動かしたら、

 基準が変わる)


雪を降らせるかどうかより、

配置の方が重要になる。


それは、

戦争の考え方ではない。


管理側のログに、

一行だけ追加される。


・八乙女いろは

・配置:前線外

・理由:未定

・再検討:保留


誰も「固定」とは書かない。


だが、

誰も「解除」とも書かない。


戦況は、

少しだけ落ち着く。


敵は動かない。


こちらも、

大きく動けない。


前線は、

もう前ではない。


そして、

八乙女いろはは——


動かさないことで、

 戦場の中心に固定されていた。

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