第三部・第31話 たぶん、わたしだ
八乙女いろはは、
前線にいなかった。
それは命令だったし、
判断でもあった。
「君は、前に出る必要がない」
管理側の言葉は、
どこまでも理屈正しかった。
強すぎる。
壊しすぎる。
代替が効かない。
だから、
“後ろ”に置かれた。
文化祭の残骸が、
まだ校舎の隅に残っている。
焦げた紙。
溶けた装飾。
使われなかった舞台。
いろはは、
その前を通り過ぎながら、
特に何も思わなかった。
慣れている。
使われないことも、
理由を聞かれないことも。
端末が、
小さく震える。
更新通知。
評価:変動なし
数字が、
動いていない。
「……また?」
呟きは、
独り言にすらならなかった。
おかしいとは、
前から思っている。
雪花が動いた日も、
炎帝が投入された日も。
自分の評価だけが、
止まっている。
(わたし、
何もしてないのに)
いや。
正確には。
(わたしが、
何かしてるから?)
視線が、
ふと、窓の外に向く。
遠く、
空の向こう。
雪が、
降っていない。
以前なら、
雪花が動けば、
空気が変わった。
温度。
湿度。
音。
でも、
今は違う。
何もない。
“選ばれていない”感じだけがある。
いろはは、
自分の手を見る。
小さい。
細い。
武器にもならない。
それでも。
この手は、
“装備”を選べる。
相手を、
装備にできる。
能力も、
意思も、
重さも。
(……基準)
言葉が、
頭の中に落ちる。
評価会議で、
聞いたことがある。
「基準点が動かない」
「比較ができない」
「他が上がっても、
ここが変わらないと
全体が歪む」
(それ、
わたしじゃない?)
心臓が、
少しだけ早くなる。
いろはは、
誰かと比べられていない。
誰かの上にも、
下にもいない。
真ん中に置かれている。
(雪花が止まった)
(炎帝が意味を失った)
(前線が前じゃなくなった)
共通点を、
無理やり並べる。
そして、
最後に残る。
(わたし、
動いてない)
動いていないのに、
戦況が変わる。
動いていないのに、
判断がズレる。
動いていないのに、
敵の配置が変わる。
(……あ)
小さく、
理解する。
(“前に出たら”、
全部壊れる)
だから、
置かれている。
だから、
見られている。
だから、
評価が止まっている。
「……なるほど」
声は、
震えなかった。
怖くもない。
(基準って、
選ばれるものじゃない)
(置かれるものだ)
誰かに、
言う気はない。
言えば、
配置が変わる。
言えば、
前に出される。
(それは、
まだだ)
いろはは、
制服の袖を掴む。
新しい布。
神崎紬が、
選んでくれた服。
能力で、
無限に作れるはずなのに。
それでも、
この一着は特別だった。
(……雪が汚したら、
嫌だな)
ふと、
そんなことを思う。
遠くで、
戦況報告が更新される。
炎帝、
行動制限。
雪花、
再配置検討。
いろはの評価は、
動かない。
だが、
彼女の中でだけ。
基準が、
確定した。




