第三部・第29話 目的が、書けない
会議室のホワイトボードは、
白いままだった。
何度も、
書いては消された跡だけが残っている。
「……目的欄、
まだ空白ですか?」
若い分析官が、
恐る恐る聞く。
「空白だ」
議長は、
即答する。
スクリーンには、
いつもの項目が並んでいる。
敵性勢力:雪花
能力傾向:氷雪系・高出力
行動変化:あり
被害規模:低下傾向
そして。
目的:_____
そこだけが、
埋まらない。
「侵攻」
誰かが、
試しに口にする。
「違う」
即座に否定。
「侵攻なら、
もっと効率よく
壊している」
「威圧?」
「弱い」
「抑止?」
「なら、
前線に立つ」
「観測?」
「……それは、
近いかもしれない」
一瞬、
全員が黙る。
「だが」
議長が、
首を振る。
「観測だけなら、
配置を変える理由がない」
「前線を外れ、
高度を下げ、
攻撃を止める意味が、
説明できない」
「……対象を
探している?」
「なら、
索敵行動が出る」
「それも、
ない」
言葉が、
尽きていく。
一つずつ、
候補が消える。
「こちらが、
何かを隠している
可能性は?」
「……?」
「いや、
隠しているというより」
「こちらが、
“何を重要だと思っているか”
を、
相手が知っている可能性」
空気が、
凍る。
「……それは」
「それは、
目的じゃない」
「前提の共有だ」
議長が、
ゆっくりと言う。
「雪花は、
目的を持って
動いているのではない」
「目的を決めるために
動いている」
誰も、
すぐに理解できない。
理解できないが、
否定もできない。
「つまり……」
若い分析官が、
言葉を選ぶ。
「“何を壊すか”を
決めていない?」
「そうだ」
「では、
何を基準に?」
議長は、
少しだけ黙ってから答えた。
「……壊してはいけないもの」
沈黙。
「目的が、
“破壊”じゃない」
「だが、
破壊能力は最大級」
「……矛盾してる」
「いや」
議長は、
ホワイトボードを指す。
「我々が、
言語化できないだけだ」
ホワイトボードの
“目的”欄に、
一つだけ文字が書き込まれる。
——仮。
未定義
「これでいいんですか?」
「いい」
議長は、
はっきり言う。
「定義できないものを、
無理に定義する方が
危険だ」
会議は、
それ以上進まなかった。
対策も、
更新されない。
迎撃計画も、
組めない。
会議終了。
だが、
誰も立ち上がらない。
「……戦争って」
誰かが、
ぽつりと言う。
「目的が
分からなくなったら、
どうなるんでしょうね」
議長は、
答えなかった。
その頃。
雪花は、
まだ動いていない。
前線も、
後方も、
見ていない。
一点だけを、
見ている。
管理側は、
その視線の意味を
言葉にできない。
だが、
一つだけ確信している。
この敵は、
“目的を達成したら終わる”
種類ではない。
ホワイトボードの
“目的”欄は、
空白のままだ。
そこに書かれなかった言葉が、
この戦争で
一番、重かった。




