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第三部・第28話 前線の、外側

異動命令は、

朝一番で出た。


紙ではなく、

端末に。


簡潔で、

感情のない文面。


対象:八乙女いろは

配置変更:前線外

任務内容:未指定

優先度:観測


「……前線外?」


オペレーターが、

思わず聞き返す。


「はい」


管理官は、

画面を見たまま答える。


「迎撃部隊にも、

 後方支援にも

 組み込まない」


「完全に、

 線の外です」


室内に、

短い沈黙。


それは、

前代未聞ではない。


だが、

前例がないわけでもない。


——危険すぎる個体。


——守るべき象徴。


——触れてはいけない存在。


理由はいくつかある。


だが、

いろはには、

どれも当てはまらない。


「……危険度評価は?」


「変わっていません」


「戦力値は?」


「高いままです」


「なら、

 なぜ外す?」


誰も、

即答できない。


管理官が、

ゆっくりと言う。


「前線に置く理由が、

 見当たらなくなった」


「……?」


「彼女が前に出たから

 助かった場面は、

 ある」


「だが、

 前に出なかったことで

 助かった可能性も、

 否定できない」


「つまり……」


若い担当が、

言葉を探す。


「何もしない方が

 いいかもしれない、

 という判断ですか?」


管理官は、

否定も肯定もしなかった。


その頃。


いろはは、

配置地点に立っていた。


前線から、

かなり離れた場所。


避難区域でも、

司令部でもない。


何も起きないはずの場所。


「……ここ?」


彼女は、

周囲を見回す。


敵はいない。


味方も、

ほとんどいない。


結界だけが、

遠くに見える。


通信が入る。


「八乙女」

「指示は、

ありません」


「何かあったら、

連絡を」


それだけ。


「……うん」


返事は、

短い。


理由を、

聞かなかった。


聞いても、

答えが出ないと

分かっていたから。


彼女は、

ランドセルを下ろし、

座る。


地面は、

冷たい。


だが、

雪はない。


(……静か)


前線の音は、

遠い。


爆発も、

警報も、

ここまでは来ない。


その瞬間。


彼女は、

分かってしまう。


(……見られてる)


前線から、

ではない。


上空でも、

背後でもない。


“前線という考え方そのもの”の外側から。


雪花は、

ここを見ている。


確信。


根拠は、

ない。


だが、

確かだ。


管理側のログには、

短い追記が残る。


・八乙女いろは

前線外配置

・戦況への直接影響なし

・だが、

雪花の行動変化と

同期している可能性あり


「……配置が、

 餌になってないか?」


誰かが、

小さく言う。


「分からない」


管理官は、

即答する。


「だが、

 餌かどうかは

 相手が決める」


いろはは、

膝の上で

服の裾を整える。


汚れは、

ない。


それを確かめて、

少しだけ安心する。


前線にいない。


守ってもいない。


攻撃も、

していない。


それでも、

配置された意味がある

気がしてならない。


誰も、

それを説明できない。


だが、

全員が感じている。


この配置は、

 安全策ではない。


前線は、

もう“前”ではない。


そして、

八乙女いろはは——


戦場の外側に置かれたまま、

 戦場の中心になり始めていた。

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