第三部・第27話 雪花は、そこを見ている
雪花は、
動いていなかった。
戦場から少し離れた、
低い建物の影。
そこから見える景色は、
どこにでもある街並みだ。
壊れていない。
燃えていない。
逃げ惑う人影もない。
——戦争らしくない場所。
彼女の視線は、
前線を追っていない。
部隊の配置も、
迎撃態勢も、
被害の広がりも、
見ていない。
ただ、
一点。
人が一人、
立っている場所。
小柄な影。
ランドセル。
距離はある。
攻撃は、
余裕で届く。
でも、
雪花は魔法を組まない。
(……そこ)
理由は、
分からない。
初めて見たわけでもない。
特別な動きをしているわけでもない。
ただ、
そこにいる。
雪花は、
自分の魔法の“形”を思い出す。
雪。
氷。
白。
降らせれば、
街は変わる。
跡は、
巨大な花になる。
それは、
いつも通りの結果だ。
でも。
(……それを、
そこに落とす意味が、
ない)
そう思った瞬間、
彼女は気づいた。
これは、
戦術判断ではない。
効率でも、
命令でもない。
見ているだけ。
それが、
一番近い表現だった。
視線の先で、
その子は、
服の裾を整えている。
汚れがないか、
確かめるように。
小さな動作。
戦場では、
何の意味もない。
(……壊したら)
雪花は、
初めて
“結果の後”を想像した。
氷が落ちる。
地面が割れる。
人が倒れる。
そのあと。
——あの子の服は、
どうなる?
「……違う」
小さく、
息が漏れる。
違う。
それは、
やってはいけない。
理由は、
まだ分からない。
でも、
やってはいけない。
雪花は、
視線を外さない。
攻撃も、
撤退も、
選ばない。
ただ、
見続ける。
管理側には、
この視線の意味が
伝わらない。
地球側にも、
まだ分からない。
だが、
読者だけは知っている。
雪花が見ているのは、
地球の戦力でも
作戦の要でも
未来の敵でもない
**「壊したら、
取り返しがつかない一点」**だ。
その一点は、
動かない。
逃げない。
前に出ても、
後ろに下がってもいない。
ただ、
そこに立っている。
雪花は、
初めて思う。
(……次は)
(次は、
ここを中心に
考えないといけない)
それは、
戦争の考え方ではない。
戦争を、
別のものに変える発想だ。
遠くで、
警報が鳴る。
誰かが、
戦況を更新する。
でも、
雪花は動かない。
彼女は、
まだ攻撃していない。
だが、
すでに——
前線を越えて、
踏み込んでしまっている。




