第三部・第22話 誤解を前提にする
会議室は、
静かだった。
怒号も、
机を叩く音もない。
ただ、
前提が壊れた空気だけが漂っている。
中央スクリーンに映るのは、
八乙女いろはの数値。
能力効率:
0.97
昨日まで、
0.98だった。
理由欄は、
空白。
「……誤差じゃない」
議長が、
淡々と言う。
「測定系は
三重に確認済みです」
「外的要因も、
内部要因も
“異常”は検出されていません」
「つまり?」
誰かが、
続きを促す。
「理由が分からない」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
「理解できない原因を、
理解しようとするのは
時間の無駄だ」
別の幹部が、
資料を閉じながら言う。
「今回の件で
はっきりしたのは一つ」
「能力は、
必ずしも戦闘や消耗で
変動するわけじゃない」
「……心理?」
「断定はしない」
「環境?」
「決めつけない」
「なら、
どう扱う?」
議長が、
一拍置いて答える。
「誤解したまま、
動く」
室内が、
ざわめく。
「誤解を、
前提に?」
「そうだ」
議長の声は、
低く、はっきりしていた。
「正確な理解が
できない以上、
我々は必ず
何かを誤解する」
「なら、
最初からそれを
織り込んだ運用をする」
スクリーンが、
切り替わる。
次に映ったのは、
配置図。
学園内の、
能力者分布。
そして、
いろはの位置。
「八乙女いろはは、
不安定要素として扱う」
「危険だから、
ではない」
「動かしすぎると、
別の変化が起きる
可能性があるからだ」
「接触制限?」
「いや」
「隔離?」
「違う」
「では?」
「過剰に守る」
一瞬、
空気が止まる。
「守る……?」
「はい」
議長が、
淡々と続ける。
「戦場から遠ざける」
「過密配置を避ける」
「刺激を減らす」
「観測はするが、
介入は極力しない」
「それは……」
誰かが言い淀む。
「結果的に、
“安全すぎる配置”になる」
「そうだ」
議長は、
否定しなかった。
「だが、
今はそれでいい」
「誤解したまま
踏み込むより、
誤解したまま
距離を取る方が
被害は少ない」
会議は、
結論に向かう。
・八乙女いろはを
戦力として再評価しない
・変動要因を
“未知のまま”扱う
・本人に
余計な説明をしない
理由は、
一つ。
説明することで、
変わる可能性があるから。
「……管理って、
こんなに
無力だったか?」
若い担当が、
ぽつりと呟く。
議長は、
すぐに答えた。
「違う」
「万能じゃないことを
受け入れただけだ」
同じ頃。
学園の中庭。
いろはは、
紬と並んで歩いていた。
「その服、
似合ってるね」
紬が、
自然に言う。
「……うん」
いろはは、
小さく笑う。
それだけ。
その瞬間、
能力効率は
変わらない。
0.97のまま。
下がらず、
戻らず。
管理側は、
それを確認して
さらに確信する。
触らない方が、
安定する。
この日、
管理側は
一つの方針を確立した。
理解できないものは、
理解しない前提で
運用する。
それは、
戦術としては
正しい。
だが同時に——
誰も、
本人の内側を
見ようとしなくなった。




