第三部・第16話 雪花、初陣
――地球側記録
最初の異常は、
温度だった。
「……下がってる?」
前線監視室で、
気象担当が首を傾げる。
「局地的です。
半径、
およそ三百メートル」
「季節は?」
「関係ありません」
数値が、
静かに落ちていく。
次に、
音が消えた。
風の音。
遠くの交通音。
通信のノイズ。
一拍、
世界が静止したような錯覚。
「……来るぞ」
誰かが言った。
根拠はない。
だが、
誰も否定しなかった。
空が、
歪んだ。
割れたわけではない。
裂けたわけでもない。
花が咲いた。
巨大な、
雪の花。
氷の結晶が重なり合い、
空中でゆっくりと展開する。
美しい。
——そう思った者も、
確かにいた。
次の瞬間まで。
「——衝撃、来ます!」
警告と同時に、
白が落ちた。
爆発ではない。
圧壊だ。
建物の外壁が、
内側から押し潰される。
地面が凍り、
砕け、
跳ね上がる。
「防御展開!」
「間に合わ——」
声が、
途中で途切れた。
通信が、
冷却で遮断された。
視界が、
真っ白になる。
雪ではない。
氷片だ。
刃のように鋭い粒子が、
無差別に降り注ぐ。
装甲を削り、
結界を摩耗させ、
人を切る。
「被害報告!」
「——前線、
半壊!」
「退避、
今すぐ退避を——!」
だが、
退避路は、
すでに凍っていた。
指揮官が、
歯を食いしばる。
「……狙いが、
はっきりしている」
「インフラを壊している?」
「違う」
彼は、
スクリーンを見つめた。
崩れたのは、
要所だけ。
補給線。
通信点。
人が集まりやすい場所。
「……これは、
見せつけだ」
前線の一角で、
紫陽は、
白い世界を見ていた。
息を吸うと、
肺が痛む。
「……これが、
初陣、
なのか」
紬が、
隣で状況を確認している。
「攻撃、
無駄がありません」
「えげつないな」
「はい。
でも——」
紬は、
少しだけ言葉を選んだ。
「……全力じゃないです」
紫陽も、
同じことを感じていた。
破壊は、
致命的だ。
だが、
殲滅ではない。
殺しきれるのに、
殺していない。
その時。
白い視界の奥に、
一人の人影が見えた。
遠い。
だが、
はっきりと。
小柄。
少女のような輪郭。
周囲に、
雪の花が咲いている。
「あれが……」
誰かが、
呟く。
名前は、
まだ出ていない。
だが、
全員が理解した。
——切り札だ。
八乙女いろはは、
その光景を、
少し離れた場所から見ていた。
雪が、
服の裾に積もる。
白く、
目立つ。
「……」
彼女は、
袖を払った。
だが、
すぐにまた、
白が落ちる。
見た目が、
悪くなっていく。
理由は、
それだけだった。
「……やだ」
声は、
小さかった。
だが、
確かだった。
彼女は、
一歩前に出る。
誰かが、
止めようとした。
「待——」
間に合わない。
いろはの視線は、
ただ一つに向いている。
雪の花の中心。
地球側は、
まだ知らない。
この戦闘が、
“初陣”であること。
そして、
この瞬間、
別の理由で動いた存在が
戦場に入ったことを。
雪花は、
投入された。
だが、
予期しない角度から、
次の手が迫っている。




