第三部・第15話 準備の気配
最初に気づいたのは、
紫陽ではなかった。
管理側でもない。
前線でもない。
——観測装置だった。
異常は、
ログの欠落として現れた。
校内の観測データ。
外部通信の痕跡。
空間的ノイズ。
どれも、
「増えた」わけではない。
減った。
「……消えてる?」
技術担当が、
低い声で言った。
「いや、
正確には——」
別の端末を操作する。
「整理されている」
同時刻。
紫陽は、
教室で端末を眺めていた。
数字は、
相変わらず動かない。
だが、
別の違和感があった。
(……静かすぎる)
文化祭の後、
学園周辺は
一度騒がしくなった。
外部からの視線。
噂。
問い合わせ。
それが、
ぴたりと止んでいる。
まるで、
一通り見終わった後のように。
昼休み。
紬が、
紫陽の隣に座る。
「……兄さん」
「ん?」
「今朝から、
端末の通知、
減ってません?」
紫陽は、
はっとして確認する。
確かに。
警戒通知。
自動更新。
どれも最低限だ。
「削られた、
って感じだな」
「削った、
のかもしれません」
紬の言い方は、
妙に断定的だった。
一方、
管理側会議室。
スクリーンに映るのは、
世界地図。
既知の異世界侵入点。
現在稼働中の監視領域。
その中で、
一つの領域だけが、
綺麗すぎるほど静止していた。
「……ここ」
主任が、
指を向ける。
「ステイラ側の
未使用エリアです」
「未使用、
だったはず、
ですね」
技術担当が答える。
「今までは」
「今は?」
「……
準備中に見えます」
沈黙。
「観測が、
変わったな」
誰かが言う。
「見るための観測じゃない」
「出すための観測だ」
「……つまり」
主任が、
ゆっくりまとめる。
「投入前だ」
その言葉が出た瞬間、
誰も反論しなかった。
異世界が動く時、
必ずこの段階を挟む。
情報を集め、
条件を揃え、
失敗しない形を作る。
そして、
最も“都合のいい形”で
切り札を出す。
同時刻。
八乙女いろはは、
校舎の外で
空を見上げていた。
雲は、
薄く流れている。
風も、
冷たくない。
それなのに。
「……」
彼女は、
袖口を見た。
昨日、
洗ってもらった服。
白い。
——汚れたら、
嫌だ。
理由は、
自分でも説明できない。
ただ、
そう思った。
紫陽は、
その背中を見て、
胸の奥がざわつく。
「……紬」
「はい」
「もしさ」
言葉を探す。
「何かが来るとしたら、
次は——」
「“確認”じゃありません」
紬は、
先に答えた。
「“実行”です」
その声音は、
落ち着いていた。
それが、
余計に怖かった。
夕方。
管理側から、
一行だけ通知が入る。
「警戒レベルを
一段階引き上げる」
理由は、
書かれていない。
だが、
全員が理解した。
——観測は、
もう終わった。
次に来るのは、
結果だ。
空は、
変わらず静かだった。
だが、
その静けさは、
嵐の前のものだった。
雪花。
その名は、
まだ誰も口にしない。
だが、
準備は、
すでに始まっている。




