第三部・第13話 断定しないという判断
――非公開会議ログ
会議室は、静かだった。
文化祭の喧騒から隔絶された空間。
防音処理。
遮断回線。
記録端末は三台のみ。
壁面のスクリーンには、
校内各所のログが投影されている。
映像ではない。
観測情報だけだ。
「……で、
全体としてどう見る?」
最初に口を開いたのは、
学園統括室の主任だった。
「文化祭当日、
来場者数は想定内。
トラブルもなし」
「だが、
“視線”に関する報告が多すぎる」
別の職員が、
淡々と資料をめくる。
「生徒側からの直接報告は三件。
こちらのログと一致するものが二件」
「一致、という言い方は不正確だな」
技術担当が口を挟む。
「正確には、
我々の観測外で、
観測が行われた痕跡がある」
沈黙。
誰も否定しない。
「管理側?」
主任が確認する。
「違います」
即答だった。
「我々の権限で動かせる
観測装置は全て記録に残る。
今回のは、
ログの“外側”だ」
「異世界側?」
「可能性はある。
だが、
どの世界とも一致しない」
画面に、
簡易的な比較表が出る。
ステイラ。
ルシウス。
既知の連合世界。
どれも、
観測手法が違う。
「……第三者、
という線は?」
「否定はできない」
「肯定もできない」
誰かが、
小さく息を吐いた。
「重要なのは、
敵意が確認されていないことだ」
別の席から、
冷静な声が出る。
「攻撃なし。
干渉なし。
誘導もなし」
「完全に、
“見るだけ”だな」
「はい。
それが一番、
厄介ですが」
笑いは起きない。
議題が、
次に移る。
「生徒への影響は?」
「現時点では軽微」
「精神的動揺は?」
「一部に違和感。
だが、
戦闘ストレスより低い」
「能力値の変動は?」
技術担当が、
一瞬だけ間を置いた。
「……測定誤差レベル」
「具体的には?」
「最大で0.01」
その数字に、
誰も反応しなかった。
——反応しないことが、
決定だった。
「では、
結論をまとめる」
主任が、
ゆっくり言う。
「本件について、
正体の断定は行わない」
「追跡は?」
「しない」
「警告は?」
「出さない」
「生徒への共有は?」
「不要」
理由は、
誰もが分かっていた。
断定した瞬間、
対処義務が発生する。
そして、
対処できる手段が、
現時点で存在しない。
「記録だけ残す」
「評価更新は?」
「保留」
「警戒レベルは?」
「据え置き」
主任は、
最後に付け加える。
「……
文化祭は、
“見せる場”だった」
「見られた以上、
何かが動く可能性はある」
「だが、
何が動くかを決めるのは、
こちらではない」
会議は、
それで終わった。
誰も、
立ち上がらないまま、
端末を閉じる。
廊下に出る直前、
一人が小さく呟いた。
「……
断定しない、か」
「ええ」
別の声が答える。
「今はそれが、
最も安全です」
その言葉は、
正しかった。
だが同時に、
最も無力な選択でもあった。
その頃。
生徒たちは、
文化祭の後片付けを終え、
それぞれの日常に戻っていく。
自分たちが、
すでに“観測対象”として
棚に並べられたことを、
誰も知らないまま。




