第三部・第12話 視線は数えられない
文化祭は、順調だった。
笑い声。
行列。
売り切れの貼り紙。
写真を撮る人たち。
どれも、平和そのものだ。
それなのに——
紫陽は、ずっと落ち着かなかった。
理由は、はっきりしている。
視線がある。
最初は、
ただの気のせいだと思った。
能力者専門学校の文化祭だ。
珍しがって見ている人がいても不思議じゃない。
だが、
同じ“見られ方”が、
何度も繰り返される。
校舎の影。
廊下の角。
展示室の出入口。
目が合いそうになると、
必ず、
ほんの一瞬だけ遅れて視線が逸れる。
(……見てるな)
敵意はない。
好奇心とも違う。
評価に近い。
「兄さん?」
紬が、
小声で呼びかける。
「どうかしました?」
「……いや」
紫陽は、
視線を正面に戻した。
紬は、
来場者の方を見回す。
だが、
気づいた様子はない。
それが、
余計に気になった。
展示スペースの奥。
影野蒼汰が、
説明を終えて一息ついていた。
その横を、
一人の来場者が通り過ぎる。
帽子。
マスク。
年齢不詳。
普通だ。
どこにでもいそうな人。
だが、
通り過ぎる瞬間——
蒼汰の端末が、
小さく振動した。
彼は、
反射的に画面を見る。
数値は、
変わっていない。
だが、
ログの時刻だけが、
一秒ずれていた。
「……?」
首を傾げた時には、
その来場者は、
もう人混みに紛れていた。
小体育館。
八乙女いろはは、
壁際に立っていた。
展示を手伝うでもなく、
呼び込みをするでもない。
ただ、
周囲を見ている。
正確には——
見られている方向を、見返している。
「……?」
誰かが、
一瞬だけ足を止める。
視線が、
いろはに向く。
だが、
彼女が目を合わせた瞬間、
その人は必ず視線を外す。
まるで、
“見返される想定”が
なかったかのように。
いろはは、
何も言わない。
ただ、
ランドセルの肩紐を、
軽く握り直した。
午後。
文化祭の後半に入ると、
視線はさらに増えた。
しかし、
どれも同じだ。
写真を撮らない
メモを取らない
会話をしない
見るだけ。
紫陽は、
はっきりと確信した。
(これは、
来場者じゃない)
管理側とも、
少し違う。
もっと外側。
もっと遠い。
——観測。
撤収直前。
校庭の端で、
紫陽は、
ふと足を止めた。
視線を感じる。
振り返る。
そこには、
誰もいない。
だが、
さっきまで、
“誰かがいた”感覚だけが、
はっきり残っている。
「……文化祭、
楽しかった?」
紬が、
隣に立つ。
「……ああ」
紫陽は、
曖昧に答えた。
楽しかった。
確かに。
だが、
同時に思う。
今日、
何かが“見定められた”。
それが何かは、
まだ分からない。
ただ一つ言えるのは——
この文化祭は、
見せるための場だった。
そして、
見ていた者が、
確実に存在する。
空が、
少し暗くなり始めていた。




