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第三部・第10話 距離が縮む音

文化祭の前日になると、

学園の空気は目に見えて変わった。


緊張が消えたわけではない。

戦争が遠のいたわけでもない。

ただ、張り詰めていた糸が、ほんの少しだけ緩んだ。


「ここ、

 もう少し照明足した方がよくない?」


「了解。

 桐谷、出力落として一段階明るくできる?」


「できるけど、

 今度は絶対に二重チェックな」


そんなやり取りが、

自然に交わされている。


誰が前線候補で、

誰が保留で、

誰が観測対象か。


それを意識した上で、

それでも普通に話している。


それが、

今までになかった。


観測・保留クラスの展示スペースは、

いつの間にか

他クラスの生徒も出入りする場所になっていた。


「これ、

 意外と分かりやすいな」


Aクラスの生徒が、

説明パネルを眺めながら言う。


「能力の欠点を先に書くの、

 親切だと思う」


影野蒼汰は、

その言葉を聞いて、

一瞬だけ手を止めた。


そのパネルを作ったのは、

自分だ。


だが、

褒められているという感覚が、

すぐには理解できない。


「……ありがとう」


声が、

思ったよりも小さくなった。


相手は、

軽く手を振る。


「いや、

 事実書いてるだけだろ」


それだけのやり取り。


だが、

影野の端末が、

ポケットの中で小さく震えた。


彼は、

まだそれに気づかない。


別の場所では、

相馬ユウが

Aクラスの簡易演出を手伝っていた。


「ここ、

 エフェクト入れすぎると

 逆に見づらい」


「分かってるけど、

 派手な方がウケるんだよ」


「文化祭だしな」


そんな会話をしながら、

相馬は一度、

観測・保留クラスの方を見る。


神崎紫陽と紬が、

受付の動線を確認している。


「……あの兄妹、

 なんか雰囲気違うよな」


誰かが言う。


「前線に出ないのに、

 落ち着きすぎてる」


「逆じゃね?」


別の声が返す。


「出ないから、

 覚悟が決まってる感じ」


紫陽は、

その視線に気づいていたが、

あえて無視した。


距離が縮む時、

無理に意識すると壊れる。


紬は、

受付用の名札を並べながら、

ふと顔を上げた。


「あれ、

 八乙女さんは?」


ランドセルの少女——

八乙女いろはは、

教室の端で

静かに座っていた。


周囲には、

誰もいない。


だが、

それを不自然だと感じる者も、

もう少なくなっている。


「……準備、

 手伝わなくていいの?」


紬が声をかけると、

いろはは首を振った。


「いい。

 私は、

 使うときだけでいい」


その言葉に、

誰も反論しない。


それが、

彼女の距離感だと

理解し始めているからだ。


夕方。


校舎全体が、

ほんの少しだけ

賑やかになる。


普段は交わらないクラス同士が、

備品を貸し借りし、

手伝い合い、

雑談をする。


戦争の話は、

誰も持ち出さない。


だが、

忘れているわけでもない。


「……不思議だな」


紫陽は、

紬に小さく言った。


「こんなに人が集まってるのに、

 前線より静かだ」


紬は、

少し考えてから答える。


「たぶん、

 皆、

 “壊れない話”をしてるからです」


壊れない話。


明日の段取り。

来場者の導線。

売り切れたらどうするか。


全部、

失敗しても死なない話。


影野蒼汰は、

展示スペースの端で

一人、立っていた。


気づけば、

誰かが近くにいる。


気づけば、

声をかけられている。


誰も、

彼の能力の話をしない。


ただ、

作業の話をする。


それだけで、

十分だった。


端末の数値は、

確認しない。


今日は、

見なくていい。


文化祭前夜。


校内放送が、

作業終了を告げる。


拍手が、

どこかで起きた。


理由は分からない。

でも、

誰も止めなかった。


クラス間の距離は、

確実に縮んでいる。


それが、

強さになるのか、

弱さになるのかは、

まだ分からない。


ただ一つ確かなのは——


この日常は、

戦争よりも、

ずっと脆い。


そしてだからこそ、

多くの人が、

無意識に

守ろうとしている。


文化祭本番は、

明日だ。

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