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ダンジョン管理局に就職したけど、何していいかわからない

ダンジョン管理局に就職したけど、何していいかわからない ールワンドの屋敷ー

掲載日:2026/09/26

「ダンジョン管理局に就職したけど、何して良いかわからない ーロダン邸ー」 の続きの物語です。

まだ読んでいない方は、先にそちらを読んでみてください。

 ーー通報内容ーー

 ガイナ地区より通報。リリル村にて、二週間ほど前から川の水位が低下。村から原因の調査を依頼されたが、原因の解明には至らず。

 ただ、調査にあたり、リリル村近郊のルワンド(45歳、男)が運営するダンジョンより、魔物を運び出す目撃情報が多数ありと判明。

 至急、ダンジョン管理局の確認を願いたい。


 ーーーーーーーー


 王都から西に出発して二日。ダンジョン管理局第二班は、リリル村に向かっていた。


「またスタンピートか?勘弁してくれよ」

 トングの目の前に座るジンガは、膝に肘をついてうなだれていた。

「スタンピートではないと言っているでしょう?理解できないのかしら」

 トングの左に座るルヴィが、ジンガに言った。彼はいつものように、ルヴィに食って掛かろうとした。目を剥いて席を立とうとするジンガに、トングは「やめろ」と制止した。

「しばらく道が悪いんだ。勝手に立ち上がるな」

 トングはそう言うと、ため息を吐いた。視界の端でジンガが肩をすくめる。


 ロダンのダンジョンの一件から一週間。ようやく事後処理が終わり、次の任務にむけて準備を進めようとしていた。そのタイミングでこの任務だ。リリル村は辺境ということで有名な、ガイナ地区にある。長時間の移動を強いられることもあって、馬車の中の空気はピリピリとしていた。


「そろそろ休憩にしませんか」

 左から声が聞こえた。ルヴィの◯◯の目がトングを捉えている。

 トングは馬車から顔を出すと、後方に目を向けた。風が冷たい。見上げるほどだったラック山が、今や随分と遠くに見えている。

 トングは「そうだな」と頷いて休憩の合図を出した。



 馬車はしばらく走り、ゆっくりと止まった。苔むした岩場に囲まれた、円形の場所。

 このためにあるような場所だな。トングはそう考えながら馬車を降りた。

 ガタンという音がして岩場を振り返ると、二台目の馬車が、ちょうど到着したところ。馬車が止まり切る前にジューラが飛び降りてきて、トングに叫ぶ。

「班長!昼食にしましょう!」

 彼はいつものように眉毛を山型に上げて、トングの元に走ってきた。

「体力を使い切るなよ。村に着いてからが本番だ」

 トングの言葉に、食料を調達しようと準備していたジンガも、大きく頷いた。

「ここを出たら夜明けには村に着くだろうよ。朝一から活動すんのか?」

「そのつもりだ」

 トングはジンガに答えた。

「なら話は早い。ジューラ、食えるだけ食っとけよ」

 ジューラは「はい!」と叫んだ。



 馬車が大きく揺れて、トングは起きた。しばらく左右に大きく揺さぶられた後、一切の揺れを感じなくなった。二頭の蹄の音と車輪の音が響いている。

 トングが馬車から身を乗り出すと、雲は朝日に照らされていた。馬車は石畳の上を走っているようだ。この先に、人が住む場所があるのだろう。トングは座席に戻ると、硬くなった体をうんと伸ばした。



「なんのことだ!俺は何も知らない!」

「そんなはずはありません。だって、目撃情報が……」

「そいつは信用できんのかよ!まさか、その虚言を信用して王都から来たのか?」

「虚言とは言い切れません!」

 ルワンドの怒鳴り声とジューラの声が交互に響いた。


 リリル村に入った第二班は、問題のダンジョンに直行した。

 ダンジョンに隣接する屋敷を訪ねて、その屋敷から出てきたのが、このルワンドという男。事前の調査で、元C級冒険者だということが分かっている。世代一番の出世頭であったはずの彼が、なぜダンジョン運営をしているのかは分かっていない。


「だから何度言ったら分かる!」

「これで何もなかったらどうすんだよ」

 金の装飾が施された客間。ルワンドの仲間数名が入ってきたのは先ほどのこと。

 ジューラとの押し問答を見かねたジンガが剣士たちを連れて加わり、客間は騒々しい雰囲気になっていた。

 トングは部屋を見渡した。そして窓際に寄りかかり腕を組むルヴィと目が合った。ルヴィの横には魔法師らが控えている。

 トングは大きくため息を吐くと、手を二度叩いた。客間の交錯していた視線が、トングに集まる。

「強制調査だ。本部が来る前にけりをつける」

 剣士たちの歓声が響いた。

「な、何を言ってる!お前ら、こいつらを行かせるな!」

 そう叫んだルワンドを、ジンガが壁に押さえつけた。

「調査が終わるまで大人しくしてもらおうか」



「報告します!」

 トングの元にジューラが走ってきた。

「このダンジョンにはイッカクモンキーが出現することが分かりました。階層は地下四階まで、その下にコア部屋があります!」

 トングは「そうか」と言うと、腕を組んだ。彼は一度首を傾げると、ジューラに聞いた。

「魔物を運び出しているという目撃情報。その魔物は、イッカクモンキーということでいいのか?」

 ジューラはメモ帳をパラパラと捲ってから、「状況的にそうだと思われます!」と答えた。

 何かが引っかかる。トングは大きく唸った。

 川の水位が低下していることと、このダンジョンが関係しているかどうかは、まだ分からない。しかし、関係していれば、それは最悪の結果を招きかねない。

「ルワンドさんに聞き取りをする必要がありそうだな。場を設けてくれ」

 ジューラは「分かりました!」と言って、屋敷の方へ走っていった。


 ーー イッカクモンキー ーー

 体長は人間の二倍ほどで、分厚い体毛に長い手足を持っている。頭の角は求愛のために使うとされており、小さいほど有利なようだ(オス、メス両方についている)

 気性が荒い上に狡猾で俊敏。攻撃パターンは単純で動きが読みやすい。

 単体での討伐難易度はそれほど高くないが、複数体の討伐には高い技術と連携が必要。


 ーー  ーー   ーー  ーー



「んなわけねぇだろうが」

 目の前の男の言葉は威勢がいい。しかし、その瞳は揺れていることにトングは気が付いていた。

「ルワンドさん。自白するなら今のうちですよ」

「どういうことだ」

「我々ダンジョン管理局に捜査権はありません。ですから、こうして聞き取りをする以上のことは何もしていない。しかし今回の一件、魔物対策本部が来るらしいのです。彼らは明日の午後に着く予定ですよ」

「脅しのつもりか?」

「いえ。私はただ、ダンジョンを無断で拡張したのかどうか。それは安全にダンジョンの調査をするに当たり、必要なことなのですよ」

 ルワンドは眉を寄せると、ゆっくりと机に目を落とした。

 魔物対策本部。その言葉を聞いた時、ルワンドは明らかに動揺していた。やはり、このダンジョンには何かある。トングはそう確信した。


「少し、息抜きをしましょうか」

 トングは肩をほぐしてルワンドに言った。

「ルワンドさんは農家の出だとか。この時期は虫の被害が心配ですね」

 ルワンドはトングを睨みつけた。

「農家は兄貴が継いだ。余計なことは聞くな」

「そうですか。では冒険者の方はどうでしょうか。短期間でC級になったと聞きましたよ」

「冒険者はもうしない」

「稼ぎが悪いからでしょうか」

「あぁ」

「ダンジョン経営の方が儲かりますもんね」

「当たり前だろ。ほっとけば勝手に冒険者が来るんだ」

 ルワンドは得意気にそう話した。いつの間にか背中をまっすぐに伸ばして、手を広げている。

 トングは「では」と言って、彼の表情を注視した。

「必要な申請は全て済んでいますよね?」

「もちろん」

 ルワンドは口角を上げて大きく頷いた。

「この近くのリリル村に流れる川の水位が低下しているらしいのですよ」

 ルワンドの目元が小刻みに震えた。

「何か、ご存知ですか?」

 ルワンドは何も言わないまま、表情が固まった。


 扉が開く音。

「概ね完了しました!」

 そう言って、ジューラが客間に入ってきた。彼はトングとルワンドを隔てる机の上に一枚の紙を乗せると、そこにはダンジョン内部の構造が描かれた地図だと分かった。トングが第二班に指示をしていたのだ。

 ルワンドが額を拭う。彼は大量の汗をかいて、地図を凝視している。


「さて、ルワンドさん」

 トングは机に膝をつき、目の前の男を見た。瞳孔が開いているが、「なんだ」と言えるだけの正気は保っているようだった。

「あなたに、このダンジョンの設計図を見せてください、と言っても無理でしょうから、答え合わせだけしておきましょうか」

 視界の端のジューラが、興味深そうに地図とルワンドを交互に見ていた。

 ルワンドは何も言わず、ただ地図に目を落としていた。


「ちょうどいい。ジューラ、このダンジョンの構造に見覚えはあるか?」

「うーん。似たようなものはパルーノン商会が販売していたと記憶がありますが……どうなんでしょう」

 トングは口角を上げて、大きく頷いた。


 このダンジョンの構造は、入口からまず三つの部屋に分かれている。左右の部屋の先にはさらにもう一つの部屋が。真ん中の部屋から進むと道は二つに分かれ、それぞれが違う部屋につながっている。四つの部屋からはさらに道が伸びていて、右側の二本、左側の二本がそれぞれ統合されて、部屋に繋がっている。左右二つの部屋からは道が伸びて、その先にダンジョンコアの部屋があり、最下層だ。



「ジューラの指摘は正しい。ルワンドさん、パルーノン商会の旧型・森林用のダンジョンの設計図はご存知ですか?その設計図に、あなたのダンジョンの地図がが酷似しているのですよ」

 ルワンドの息を飲む音が聞こえた。第二班が作成した地図に汗が一滴落ちた。

「問題なのは入口から左右に伸びる道と、それに続く部屋

 トングは指で地図に触れた。

「パルーノン商会の設計図は、真ん中の道一本と、それに続く一つの部屋しかないはず。もしかしてルワンドさん、あなたダンジョンを拡張したのではないですか?」

 ルワンドが首を回した。ルワンドの首の骨が鳴る。トングは彼を詰めた。

「ダンジョンを拡張する場合、王国に正式な申請をする必要があります。あなた、申請していないですよね」


 ーー グランリラ国法第百三十二条 ーー

 ダンジョン設置者及び所有者は、王国への正当な届出をもってダンジョンの拡張をすることができる


 ーーー  ーーー  ーーー  ーーー


「あぁ、そうだよ」

 ルワンドは頷いてから、「申し訳ありませんでした」と言って深々と頭を下げた。



「なんか、あっさり解決しましたね」

 ジューラは顎に手を当てて言った。ジューラを見てからトングは地面に目を落とした。

「なぜ否定しなかった」

 トングは腕を組んだ。

「それは全て憶測だろうだと言えば、俺はそれ以上何も追求できなかった。第一、拡張しているという証拠すらまだ出ていないのだからな」

「それは、ルワンドさんが反省しているからじゃないですか?自白した方が、罪は大きく軽くなりますし」

 トングは首を捻った。

「本当にそうなのだろうか」




「すでにジンガさんたちが潜っています。第二階層まで調査が進んでいて、イッカクモンキーの成体がほとんどだそうです」

 横を歩くジューラに、トングは「そうか」と返事をした。

 ダンジョンの入口には簡易的なテントが設営されていた。トングが到着すると、ちょうどジンガが、調査を終えてダンジョンから出てくるところだった。ジンガの右手にイッカクモンキーの幼体が引き摺られていた。幼体はすでに息をしていない。


「班長、やっぱりこのダンジョンおかしいぜ」

 ジンガは開口一番にそう言った。

「二階層までは成体だけ。んで三、四階層は幼体だけだった。しかも四階層には、突然変異の幼体がいたんだぜ?めったにお目にかかれないからよ、一体連れて帰って来ちまった」

「何やってんのよ!証拠品になるかもしれないのよ?」

 ルヴィはテントから出てきたところだった。



 ーー イッカクモンキーの突然変異体 ーー

 稀に角が二本ある個体が出現する。右の角を幼体のうちから切り取り、発酵させることで、特殊な魔力効果を持つ杖を生成することができる。

 材料により効果は異なるが、イッカクモンキーの突然変異の幼体の角は、アグンを生み出すことができる。


 ーーー  ーーー  ーーー  ーーー




「一体抜けたぞ!」

 ジンガの怒号。部屋に入る前からトングの耳に飛び込む。

「氷結界を!続けて氷魔結晶弾で牽制して!」

 ルヴィが叫ぶと、数個の結晶弾が放物線状に飛ぶのが見えた。


 一階層。

 入口から道は三つに分かれて、第二班は真ん中から進んだ。仮に左右の部屋が本当に拡張された部屋だった場合、戦闘により崩壊する危険があるからだ。

 トングが部屋に入ると、そこはイッカクモンキーの巣窟だった。彼ら特有の甲高い威嚇の声が支配する。


「おい何やってる!すまん、また一体抜けたぞ!」

 トングが部屋に到着してからそれほど時間は経っていない。しかし、イッカクモンキーがジンガたち前衛の間を抜けたのは今ので八体目。彼らの狡猾さと俊敏さを考えれば、前衛の陣形が崩れるのも時間の問題だとトングは直感した。


「ジューラ、作戦を変えるぞ」

 トングの言葉に、ジューラは大きく頷いた。

「数的不利な上に、この部屋はあまりにも条件が悪すぎます。作戦を考えましょう!」

 トングは部屋を見渡した。ゴツゴツした岩で囲まれた空間でジンガたちの動きは鈍くなっている。そしてこの部屋の狭さが、魔法師たちに大型の魔法を発動を困難にさせていた。

 トングはジンガに叫んだ。

「ジンガ、状況は」

 ジンガは振るった剣先が岩に当たらないよう、イッカクモンキーを切り裂いていた。

「班長、これじゃあ埒(らち)があかねえ!一発でかいのぶち込んでくれ!そしたら楽になる!」

「俺もそう考える。炎爆の魔法陣完成まで一体も通すな!」

「炎爆だぁ?考えがあるんだろうな!上手くやらねぇと皆死ぬぞ!」

 ジンガは部屋の中で一際大きな岩の上にひとっ飛びで登ると、前衛の皆に指示を出した。

 トングはジューラに「前衛の統括は任せる」と言って、今度はルヴィに叫んだ。

「ルヴィ!聞こえていたと思うが、炎爆の結晶を発動しろ」

「聞いてました!班長、この部屋で炎爆は危険すぎます!」

 ルヴィは前衛の前にシールドを展開するところだった。

「炎爆は空気が膨張します!そうなればこの部屋が崩壊するかもしれません!」

「それを承知の上で言っている。今すぐに炎爆の発動を始めろ!」

「わ、分かりましたから!」

 ルヴィはそう言うと魔法師たちに指示を出した。


「班長!やっぱり僕には無理です!」

 ジューラがトングの元に走ってきた。

「あの人たち戦闘になると口悪くなるんです!」

 トングは「はぁ?」と声が漏れてしまう。

「この状況で何を言ってる」

「統括は班長がやるべきなんです!僕のせいで誰かが死んだら、僕は……」

 トングは一度深呼吸をした。そして、自分の気が昂っていたことを反省した。

「ジューラ、良いことを教えてやる」

 トングは彼の肩に手を置いて、目をじっと見つめた。ジューラが小さく頷く。

「一回、あいつらを信じてみろ」

「信じてますよ!だから、僕じゃ無理って分かるんです!」

 トングは彼の肩を握る手に力を入れた。

「いいか?あいつらを信じてるなら、自分のせいで死ぬとか考えるな。あいつらは死なない。お前が勝手に妄想で殺してるだけだ」

 ジューラは目を伏せた。

「あいつらを信じろ!それがお前の役目だろ」

 ジューラはトングの目を見た。彼の目は先ほどよりも澄んでいて、揺れていなかった。

 ジューラは「分かりました!」と大きく叫ぶと、前線に駆けていった。



「炎爆の結晶、魔法陣完成しました!」

 後方でルヴィの声が響いた。トングは「威力を最大値にしろ!」と叫ぶと、今度は前方に向かって叫んだ。

「ジューラ!三十秒後、炎爆を撃ち込む!良いタイミングで退避しろ!」

「え、炎爆を撃つんですか!」

「それで話は進んでる。お前の腕の見せ所だ」


 ジューラはイッカクモンキーを部屋の中央に追い込むよう指示を出した。ジンガたちはその指示を確実に実行していた。

 イッカクモンキーは今までと違う動きに対応できていない様子。集団であることが、逆に彼らの動きを鈍くしていた。数体が部屋に散り散りになろうとしたところで、群れ全体が動くことはなかった。


「今です!退避してください!」

 ジューラの声がイッカクモンキーの鳴き声の中から聞こえてきた。

 トングはルヴィに指示を出し、「全員退避!」と叫ぶ。

 魔法師に続き、退避した前衛が入口付近に集まる。

「ジューラ、良い動きだった」

 トングはそう言うと、彼の肩を軽く叩いた。ジンガが彼の肩に腕を回して、「俺は死んでないぜ」と歯を出して笑った。

 イッカクモンキーは中央に固まったまま動くことはできず、ただこちらを見て鳴いているだけ。群れのボスは不在なのか倒されたのか。それとも、最初からボスはいなかったのか。

「魔法陣起動!シールドを展開しろ!」

 トングは魔法師に指示を出す。ルヴィが復唱すると、青白い光の膜が、緩やかな曲線を描いて目の前に現れた。その先にイッカクモンキー数体が第二班の方に走ってきて、群れは彼らの背中を追って少しずつ動きだした。

 先頭を走っていたイッカクモンキーがシールドにぶつかって地面に倒れ込んだ時、部屋の天井までの高さもある赤い魔法陣がシールドの外に現れた。

「魔力充填完了しました!」

 ルヴィの声が聞こえて、魔法陣が淡い赤色に光った。

「発射しろ!」

 トングが叫ぶと凄まじい魔力が部屋に満たされて、魔法陣の中心から燃え盛る巨岩が現れた。

 マグマのように噴き出す魔力がシールドに衝突すると火花が散らせながら互いに反発した。

 走ってきたイッカクモンキーの体毛はすぐに燃え、やがて全身が炎に包まれた。

 魔法陣から出た炎の塊は勢いよく射出されると、部屋の中央で光を収束させて爆散した。

 部屋が白い光で満たされる。トングの目には、シールド以外のものが見えかった。

 音は数秒遅れて届いたように感じたのは、炎爆の結晶が音すらも収束していたからだろう。

 ようやく光が収まった時、先ほどまでの景色はもうなかった。ゴツゴツした岩はシールドの中にだけ残っていて、シールドの外は白い壁に覆われた直方体だった。

「マジですげえ。部屋を初期化したみたいだな」

 ジンガは足元と部屋を見比べて言った。

「本当にその通りだ。この威力が出せるのは、王国の数ある部隊の中でも数少ない。第二班の誇りだ」

 トングの言葉に、魔法師たちは喜んだ。

 部屋は砂で満たされていて、その一部はガラス化していた。当然イッカクモンキーの姿はなく、戦闘の血飛沫すら焼き消されていた。

「ジューラ、状況は」

「はい!軽傷者六名、うち五名が剣士です!魔法師が一人手負ですが、回復魔法とポーションで完治できます!剣士は皆が擦り傷です!」

「そうか」

「なぁ、これってやっぱりパルーノン商会のダンジョンだよな?」

 ジンガが壁に指を向けて言った。トングが見ると、そこにパルーノン商会の印があった。森林用途の文字。製造は四年前。やはり、旧型の森林用のダンジョン。

「これでルワンドさんは言い逃れできませんね。入口から三つの道に分かれる構造は、本来拡張しなければ見られない構造ですから」

 ジューラはメモ帳に記しながら言った。

 第二班はシールドを解き、部屋を観察することにした。ダンジョンの部屋の初期の状態を目にすることなど、滅多にないからだ。

「流石、王都公認の商会だぜ。傷一つ付いてねえ」

「それはどうかしら?天井が外側に向かって歪んでいるわ」

「マジかよ……」

「そんなことも分からないでダンジョン管理局を名乗っているのかしら?」

「なんだと!」

 また始まった。トングは二人から離れて、パルーノン商会の印に近づいた。

 ーー耐魔力性能:上級迄

 その文字に、トングは心の荷を下ろした。



 見物を終えて、第二班は入口の簡易テントに戻ってきた。食事を取ろうと準備をしていた時、ジューラがぼそっと言った。

「そういえば、リリル村の件はどうなったんでしょうね。川の水位が低下しているっていう」

「左右に拡張した部屋が、水脈にぶつかっていたのでしょう」

 ルヴィが鍋をかき混ぜながらジューラに言った。

「こういう問題が起きるから、拡張のためには調査が不可欠なのです。しかしそんなことはどうでも良いという方たちがいるのですよ」

 ジンガは「その通りだ」と言って、机の上で頬杖をついた。

「そうなんですか。しかし、このダンジョンから魔物を運び出していたっていう証言については、まだ解決してませんね?」

 ジューラがメモをとりながら言った。その言葉に、第二班のテントは静まり返った。互いに目を見合わせる。その後、ジューラを除く全員の視線がトングに向いた。

 トングは「そこなんだよな」と呟いた。

「食事を済ませたらコアまで行ってみるか。結局、俺たちがコアまでの道を開けることになるからな」

 第二班は揃った返事をトングにした。



 ●


 食事を終えてダンジョン一階層への道すがら、ジューラがトングに尋ねてきた。

「班長、もうじき本(・)部(・)が来るんですよね?魔物対策本部でしたっけ?どういう人たちなんですか?」

 トングは顎に手を当てて考えた。

「本部の奴らはインテリが多いな。あいつらと口で喧嘩をして、勝った奴を見たことがない」

「ダンジョン管理局の本部ですか?」

「いいや、違う。魔物対策本部はダンジョン統括大臣直轄の部隊。俺たちと同じ官僚さ」

「ダンジョン系の官僚でインテリ……第二班と違うんですね」

「俺たちが特殊なだけだ。官僚は皆インテリだ。ま、会ったら分かるさ」



 トングとジューラは先ほどの部屋に到着した。そこではすでに第二班が野営用テントを張っていた。そこにはトングが指示をしていた、ルワンドとその仲間も連れてこられていた。

「おっしゃっていることが先ほどと違いますが?」

「だ、だから拡張したって言ったじゃないか!」

 ルヴィがルワンドを詰めている。

「無断拡張についての証拠はパルーノン商会の印だけで十分ですが、今からコアの調査も実施します。よろしいですね?」

 ルワンドは目を剥いてルヴィを睨んだ。

「それをしてどうなる」

「あら、何か見られてはいけないものでも?」

「証拠ならもう出した。左右の道も封鎖して、水脈への不干渉も約束しただろう!これ以上何がしたいっていうんだよ!」

 ルワンドは机を叩きながらルヴィに顔を近づけた。

「すごい剣幕ですね」

 トングの隣でジューラが眉を顰めた。

「きっと、見られたくない何かがあるんですよ。きっと」

 トングは「間違いない」と言って野営テントに入った。

 トングの姿を見るなり、ルワンドはぎょっとした顔をした。

「ルワンドさん、そんな顔をしないでください。そういえば、こんな話を聞いたことはありませんか?」

「なんだ、いきなり」

 トングはルワンドに椅子に座るよう促した。ルワンドは素直に座ると、足を組んでトングに体を向ける。

「イッカクモンキーの成体は狡猾、かつ俊敏。我々もその特性に手を焼きました。しかし、幼体はそれとは正反対。自身を守る力すらない」

「話が見えないな。あんたは何が言いたい」

「そんな幼体はどうやって身を守っているのか。成体が命をかけて守っているのですよ。この一階層にはおよそ三百体のイッカクモンキーが出現していました。しかし、幼体はいなかった」

 ルワンドの顔から表情がなくなった。

「話は飛びますが、養殖をする場合にね、幼体と成体を分ける方法をとるのですよ。人間が幼体を育てようとすると、成体に攻撃をされますからね。そういえばこのダンジョン、まるで養殖場のような構造をしている」

「あぁ、そういえばそうだったな」

 ジンガが腕を組んで言った。

 トングはルワンドを睨みつけた。

「ルワンドさん。これが最後の警告です。本当のことを話してください。このダンジョンに、何を隠しているのですか?」

 ルワンドは何も喋らず拳を握っていた。彼の仲間がその様子を見つめていた。

「話さないか。では仕方ない。強制調査は続いている。コアに進むぞ」

 第二班の息の合った返事が部屋に響いた。

「ジンガとルヴィはルワンドの監視役の選定を。ジューラは本部との連絡を密にしろ」

「はい!」

 ジューラの返事が部屋に響いた。続けてジンガが言う。

「班長、第二階層はメスがほとんど。腹の中に幼体を持つ個体もいた。すでに幼体が出現している可能性もある」

 トングは「そうか」と言って第二班全員に向けて声を上げた。

「そうであれば、二階層は凶暴な個体が多くいると推測される。難易度を一段階引き上げ、ここをB級ダンジョンとする」

 第二班の皆の表情に、緊張が走るのをトングは感じた。



 ーー グランリル王国法第三十二条第一項 ーー

 特定養殖魔物に指定されている魔物は、王国への正式な届出をもって養殖可能となる


 ーーー ーーーー  ーーー  ーーー



「あの……少しいいか」

 トングが後方を振り返ると、ルワンドが唇を震わせて立っていた。

「どうしました」とトングが聞くと、ルワンドは「聞きたいことが」と言って拳を握り締めた。

「もし。もしですよ、このダンジョンでイッカクモンキーの養殖をしていたとしたら……どうなる……でしょう」

「どうなるって、当然逮捕される。養殖をしていたことを認めるのか?」

「その……自白したらどうなる」

「自白したらその分、刑は軽くなるでしょうね。裁判官の裁量であることに他なりませんが」

「そう……ですか。実は、俺たちイッカクモンキーの養殖をしていたんです」

 トングはやっぱりなと思った。

「そうでしたか。打ち明けてくださりありがとうございます。第二班もそれを確かめにコアに行く予定でしたので、助かりました。ついては本部が到着したら……」

「それと、あと一つ」

 ルワンドはトングの言葉に被せて言った。彼の表情は先ほどよりも朗らかになっているように思えた。

「あと一つとは、何でしょうか」

「実は、イッカクモンキーの突然変異の幼体を売っていたんです。このダンジョンが養殖場というのは正解でして……四階層に突然変異の幼体を押し込んで、定期的にくる業者に売っていました」

 トングは嫌な予感がした。

「ルワンドさん、その業者の名前を聞いても良いですか?」

「業者の名前はちょっと……」

「なぜですか?」

「私立の業者なんです。俺たちのことで迷惑かけられないっていうか」

「ルワンドさん。よく聞いてください」

 トングは彼に体を向ける。トングの後方で、ジンガの「あちゃー」という声が聞こえた。

「グランリル王国法第三十二条第二項 魔物の売買については、王国指定の機関を通さなければならない。これをご存知でしたか?」

 ルワンドは首を傾げて、「なんのことですか」と言った。

「話が変わりました。ここから先は詳しい者に」

 トングはそう言うと、ルヴィに指示をした。彼女は魔法師の中から法律に詳しい者を選定すると、ルワンドとともに入口の簡易テントへ出ていった。



「トング殿か」

 ルワンドの屋敷で装飾品を鑑賞していたトングは、背後の男に呼び止められた。

「そうだ。たしか、本部の」

「はい。お久しぶりです。改めて私(わたくし)、魔物対策本部、本部長のジェランドと申します。この度はご苦労様です」

 いつ見ても華やかだ。大きな絵画の前に立つ彼は顔立ちも良く、まるでたった今絵画から出てきたようである。上下白のスーツに赤い花のブローチ。この格好が魔物対策本部の制服。紅一点の存在であれ。血飛沫すら浴びることのない強さ。それを表していると聞いたことがある。

「ジェランド殿こそ。遠かったでしょう。岩場のオアシスはどうでしたか?」

「あの場所、旅の疲れが癒えましたよ。何十年も前から、街道を通る旅人が休む場所と思うと、なんだか物思いに耽ってしまいますね」

「そうですか。ところで、私のところに来たということは、ルワンドの調書が大型片付いた?」

 トングはそう言ってから歩き出した。ジェランドもトングに続き歩き出す。

「まさか、あんな極悪人だとは思いませんでしたよ。本当に」

 ジェランドは鼻を鳴らした。廊下のシャンデリアが昼間の窓に照らされて煌めいていた。

「ルワンドにはどのような容疑が?」

「罪状、ダンジョンの無断拡張、養殖禁止対象の魔物の養殖、及び違法ルートでの販売。彼は違法ブローカー経由で裏社会に突然変異の幼体を流していたようです。もっとも、彼がそれを知っていたかどうかは分かりませんが」

「そうか。違法ブローカー経由での販売は、重罪と聞いたことがある」

「えぇ」

 ジェランドは大きく頷いた。

「希少性により変わるのですが、イッカクモンキークラスになると重罪ですね。それも突然変異の幼体。最低でも戦争奴隷。極刑の可能性も」

「なるほど。なぜ彼が犯罪に手を染めたかはまだ?」

「それはこれからですね。単なる金目的ではないようです。農家に生まれ、長男が家を継いだようです。それで八百屋を経て冒険者になったとか」

「そうですか。ま、その辺りはお任せしますよ」

「はい。捜査結果を共有することはないお思いますが、これだけ。彼は中途半端な人でしたよ。全てが」

 ジェランドはトングに一礼すると、廊下の奥へ歩いていった。



「なんだか、パッとしない終わり方でしたね。コアも本部の人が解析するなんて」

「俺たちの役目なんて、いつでも危ないところだけだ」

「それは、段々と分かってきましたけど。なんか、結局最初だけじゃないですか。捜査権もないし」

 ジンガが大きくため息を吐いた。

「ジューラはまだ新人ってこったな!王国屈指の切り込み隊長って気概はねぇのかよっ」

 ジンガがジューラの肩を強く叩いた。

「痛い!」

「痛くねぇだろ」

 トングはその会話を聞きながら、王都への帰路の先を馬車から覗いた。

 空には夕焼けが張り付いていた。



 グランリル国大審院にて、ルワンドの裁判が行われる


 判決:ダンジョンの無断拡張により、近隣の村の水枯渇を招いた。また、養殖禁止の魔物を養殖していたことに加え、王国不承認の違法ブローカーへの販売をしていたことは、相当の悪質と認められる。よってルワンドを戦争奴隷二十年とし、その後死刑とする。



 ヒヨツヨル教会の介入あり。減刑され、戦争奴隷三十年となる。

 ルワンド、その後奴隷宿舎の爆発に巻き込まれて死亡。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

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