復興の兆し
許淵は、手始めに再建の意志の象徴として祠を建て直した。
その祠を中心に、邑の外輪を墻で囲うことにした。墻とは土塀のことである。許淵の脳漿には、戦に負けない邑の姿が確固として描かれていた。
夜露を凌ぎ、狩りで獲物を追いながら、三人の子と邑の再建に勤しんだ。
「たかが四人で邑を再建するなど正気か? 許林杏にまで手伝わせおって」
みすぼらしい風体をしている。荷車に詰まれた資材を下ろしていた許定に手を差し延べたのは、知命の頃の村夫子だった。
「張平さん、無事でしたか」
許定は、白髪交じりの張平に笑みを向けた。黄巾の災厄から逃れるように、近隣の山中に隠れていた邑の住人だった。
「おお、生きておったか、張平。お前も手伝え。戦に負けない邑を築く」
年端の近い張平の無事に安堵の色を浮かせた許淵は、材木を肩に担いで続けた。
「お前も手を貸せ、張鴦。親父の方が稼ぐようじゃあ、全うな大人になれねえぞ」
「あん?」
張平の遥か後方から作業を眺めていた若者に、許淵は声を張り上げた。
「何で俺が手伝わなきゃならねえ? どうせまた賊に襲われるのが落ちだろ」
鋭い目つきで嘲り笑ったのは、張平の子息、張鴦だった。
「――――⁉」
突如、張鴦は目を剥いた。山のような薪が、横をゆっくりと移動していた。
見れば、巨漢の許褚が背に大量の薪を負っている。その許褚が、張鴦の横を追い越し様、冷ややかな視線を向けた。
「哀れだな。弱い奴ほど文句が多い」
「ああん⁉」
ぼそりと言った許褚に、張鴦はいきり立つと鼻息を荒くした。
「黙れ許褚! 誰が弱いって? やってやんよ!」
張鴦は袖を捲り上げると、勇んで許褚を追い越し、資材の許へ急いだ。
「いっそ黄巾に身を投じた方が楽なんじゃないか?」
木材を肩に担いで運ぶ許淵の前に現れたのは、柔和な笑みを携えた桑年の村夫子だった。
その後ろには、長い黒髪をひとつに束ね、柳眉を備えた美質が立っていた。
これも近隣の山中に身を隠していた薛宇と、ひとり娘の薛麗だった。
薛麗は、腰に弓嚢と胡禄を引っ提げている。弓嚢とは弓を挿す袋、胡禄とは矢を入れて携帯する容器のことである。獲物の野鳥と二羽の野兎を手にしていた。薛麗は弓の名手だった。
不敵に顔を歪めた許淵は薛宇に返した。
「一度でも楽な方に逃げると、癖になっちまいそうだからな」
微笑を浮かせた薛宇は、娘の薛麗から獲物を受け取ると許淵に渡した。
「差し入れだ。指示を出せ、許淵。俺と薛麗は何をすればいい?」
許淵は、薛宇に破顔した。
「薛姉!」
「ああ、許林杏!」
薛麗を見つけた許林杏が駈け寄った。身を屈めた薛麗が許林杏を抱き締めた。
母のいない許林杏は、薛麗によく懐いていた。ひとり娘の薛麗も、許林杏を本当の妹のように可愛がっていた。
「――――⁉」
突如、目を剥いたのは薛麗だった。山のような薪が移動しているようだった。見れば、巨軀の許褚が背に大量の薪を負っていた。
その許褚が、薛麗の横を通り様、冷めた視線を投げた。
「邪魔だ。遊ぶなら向こうで遊べ」
「ああん⁉」
ぼそりと言った許褚に、薛麗はいきり立つと睥睨した。
「黙れ許褚! 誰が邪魔だって? 木偶の坊がよく言えたもんだわ」
「お前ら、喧嘩は後にしろよ」
やれやれ顔を晒した許定の声が響いた。
許褚、張鴦、薛麗の三人は、気が合っていると思えば仲違いをしている。共に行動をしなければいいのに、近くに姿が見えないと互いに寂しさを覚える幼馴染だった。
少しずつ、ほんの少しずつだったが、元の邑に戻っていくようだった。