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許氏の塢  作者: 熊谷 柿
跋章
20/20

邂逅

 東の門楼もんろう許淵きょえんが遠方を傍観している。左右にはべった張平ちょうへい薛宇せつうも東方を眺めていた。

こもって安穏とした日々も悪くねえが、それは俺たち年寄りの言い草か」

 許淵の言に、張平と薛宇が鼻で笑った。

せがれたちには、世の広さを見てきてほしいものだな」

 笑みを浮かせた許淵に、張平と薛宇もがえんじた。

 後年、許定きょてい張鴦ちょうおう薛麗せつれい、そして、許褚きょちょなどの若人わこうどたちは、ある英雄の近衛兵このえへいとなる。数多あまたの戦場で活躍することになるのだが、このときの許淵はまだ知る由もない。

 塢の誰もが活き活きとし、自信に満ち溢れている。塢の再興は迅速に行われていた。

 方士ほうし元緒げんしょは許塢を去った。許塢にひとりの無頼漢ぶらいかんが立ち寄っていた。一目で元緒のれとわかった。元緒と同じような漆黒の襤褸ぼろまとっていたのである。

「生と死の神をまつっておった。あやかしの蟻将ぎしょうも寝床にしておる。何とも稀有けうな塢じゃったわい」

 元緒は、嬉嬉ききとして連れに語った。

 その許塢の遠くないところを進軍している。赤と黒に彩られたよろいまとう一軍だった。

 それを率いる騎乗の将はまだ若く、眉はひいで、くちは紅く、豊かな頬をしていた。各地で跋扈ばっこする黄巾の残党を駆逐すべく、この地方に軍を向けていた。若将が旗本と共にやぶの近くを通り過ぎようとした折だった。

「――――⁉」

 喧噪けんそうが聞こえたかと思えば、藪の中から虚空こくうひるがえり、若将の前でもんどり打って転がったのは、鼻血を流した賊徒のような二人だった。

「ヒ、ヒイイイイ!」

「か、勘弁してくれ!」

 見れば、黄巾を被っていた。八字髭と、顔の半分がひげで覆われた二人だった。

 黒い戦袍せんぽうまとっている。藪をき分け、槍を片手にどうっと現れた者は魁偉かいい風貌ふうぼうだった。身丈八尺(約百九十㎝)に届こうという体軀たいくである。許褚きょちょだった。

 それに続いてどやどやと現れたのは、許塢の若人が五十ほどだった。どれも黒い戦袍を着込んでいた。

何儀かぎ! 黄邵こうしょう! いい加減に観念しやがれ!」

「まだ悪さをするつもりなら、ただじゃおかないよ!」

 鋭い目つきで怒鳴どなったのは、張鴦と薛麗だった。

「おいおい、追い返すだけだぞ! あまり痛めつけるなよ」

 数騎を引き連れ、騎馬で駈け寄せたのは精悍せいかんな許定だった。後ろに同乗していたのは、にこにことした許林杏きょりんあんだった。

 胸の高鳴りを覚えた。瞳を輝かせたような若将は、たちまち勇壮な許褚に見惚れた。

「あ、あれこそ、我が樊噲はんかい――‼」

 声を震わせた若将は、曹操そうそうと言った。後に魏王となる英雄だった。(了)


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