邂逅
東の門楼で許淵が遠方を傍観している。左右に侍った張平と薛宇も東方を眺めていた。
「塢に籠って安穏とした日々も悪くねえが、それは俺たち年寄りの言い草か」
許淵の言に、張平と薛宇が鼻で笑った。
「倅たちには、世の広さを見てきてほしいものだな」
笑みを浮かせた許淵に、張平と薛宇も肯じた。
後年、許定、張鴦、薛麗、そして、許褚などの若人たちは、ある英雄の近衛兵となる。数多の戦場で活躍することになるのだが、このときの許淵はまだ知る由もない。
塢の誰もが活き活きとし、自信に満ち溢れている。塢の再興は迅速に行われていた。
方士の元緒は許塢を去った。許塢にひとりの無頼漢が立ち寄っていた。一目で元緒の連れとわかった。元緒と同じような漆黒の襤褸を纏っていたのである。
「生と死の神を祀っておった。妖しの蟻将も寝床にしておる。何とも稀有な塢じゃったわい」
元緒は、嬉嬉として連れに語った。
その許塢の遠くないところを進軍している。赤と黒に彩られた鎧を纏う一軍だった。
それを率いる騎乗の将はまだ若く、眉は秀で、唇は紅く、豊かな頬をしていた。各地で跋扈する黄巾の残党を駆逐すべく、この地方に軍を向けていた。若将が旗本と共に藪の近くを通り過ぎようとした折だった。
「――――⁉」
喧噪が聞こえたかと思えば、藪の中から虚空に翻り、若将の前でもんどり打って転がったのは、鼻血を流した賊徒のような二人だった。
「ヒ、ヒイイイイ!」
「か、勘弁してくれ!」
見れば、黄巾を被っていた。八字髭と、顔の半分が髭で覆われた二人だった。
黒い戦袍を纏っている。藪を掻き分け、槍を片手に摚っと現れた者は魁偉の風貌だった。身丈八尺(約百九十㎝)に届こうという体軀である。許褚だった。
それに続いてどやどやと現れたのは、許塢の若人が五十ほどだった。どれも黒い戦袍を着込んでいた。
「何儀! 黄邵! いい加減に観念しやがれ!」
「まだ悪さをするつもりなら、ただじゃおかないよ!」
鋭い目つきで怒鳴ったのは、張鴦と薛麗だった。
「おいおい、追い返すだけだぞ! あまり痛めつけるなよ」
数騎を引き連れ、騎馬で駈け寄せたのは精悍な許定だった。後ろに同乗していたのは、にこにことした許林杏だった。
胸の高鳴りを覚えた。瞳を輝かせたような若将は、忽ち勇壮な許褚に見惚れた。
「あ、あれこそ、我が樊噲――‼」
声を震わせた若将は、曹操と言った。後に魏王となる英雄だった。(了)




