勇躍の幼馴染
「褚! くれぐれも無茶はするなよ!」
「ん」
許褚に声を掛けた許定は、急ぎ階を登って門楼に向かった。それとは別の方向に走った許褚は、単独で西門を目指した。
「丸太を持ってる奴を狙え! 丸太を門に当たらせるな!」
西の門楼で右往左往しながら声を荒らげていたのは、張鴦だった。
「チッ。あの変な髭の野郎が率いてんのか。この前ぶちのめしておくんだったぜ」
舌打ちした張鴦は、剣を振って指揮する八字髭の何儀を認めると独り言ちて矢を放った。
刹那、護城墻の門扉が勢いよく開く音がした。咄嗟に、張鴦は女墻から身を乗り出して下を見遣った。
「――――⁉」
三百ほどの手勢を率いた許褚が、黄色い波に躍り込んでいる。許褚が槍を振るたびに手や首が刎ね飛び、血飛沫が舞っている。忽ち勢いを失った黄巾賊は、ずるずると後退するようだった。
「その手があったか!」
不気味な笑みを浮かべた張鴦は、踵を返すと飛ぶように門楼を降りた。
「くっ! またあの化け物が出てきたか。ええい、怯むな! 大男を討ち取れ!」
何儀の下知に、黄色い兵は意を決して斬り込んだが、許褚にとっては露を払うようなものだった。
「だ、誰もその大男を仕留めることができねえのか――⁉」
何儀が悔しさを滲ませたときだった。
鬨の声と共に新たな一群が塢から出てきた。二百ほどの若人だった。一目散にこちらへ寄せている。標的になっていることを察した何儀は、馬首を巡らせ馬腹を蹴った。
「逃げんじゃねえ‼」
大音声と共に、張鴦は何儀の背に向かって槍を投げつけた。その槍は、虚空を切り裂くようにして何儀の背を追った。
「ヒッ!」
何かが右の頬を掠めた。何儀からは一瞬にして冷汗が噴出した。飛翔した槍が、右の耳朶と頬を掠め、追い越していったのである。何儀の右頬からは、血が流れていた。
急いで後退する何儀を目にした黄巾の賊徒は、それを追い掛けるように退いていった。
許褚の一群は、退く黄巾を尻目に塢内へ戻ると、張鴦も続いて塢に入った。
「いい働きっぷりだったぜ、許褚」
張鴦は許褚の肩をぽんと叩くと、門楼までの階を駈け上った。
「張鴦」
階を駈け上る張鴦に許褚が声を掛けた。
足を止めた張鴦は、怪訝な面持ちでゆっくりと許褚を振り返った。
「諦めるな」
張鴦は、口辺に微笑を刷くと虚勢を張った。
「あたりめえだ。お前より先に諦める訳にはいかねえよ」
そう言うと、張鴦は破顔した。
許褚も微笑み返すと、南門へ向かって駈け出した。
薛麗は、精彩を放っていた。
南の門楼に身を置いた薛麗は、矢を射るたびに賊徒へ突き立った。盾兵を搔い潜るように走った矢が、丸太を持つ黄巾兵を射抜く。丸太の部隊は容易に門を突けずにいた。
勢いに乗った墻壁の上に並んだ塢の者たちが、次々と援護射撃を繰り出している。
「相当な弓使いがいるなあ」
後頭を両手で抱えるようにして、鞍を外した馬の背に寝そべった劉辟が、戦の喧噪を耳にしながら呟いた。
ドオオオン――。
突如、勢いよく門扉が開く音がした。
弾かれたように身を起こした劉辟は、思わず目を見張った。塢より飛び出してきたのは、三百ほどの一群だった。何よりもそれを率いる豪傑に目を奪われた。蘇芳に塗れた面貌に烱烱とした目が赤鬼に見せていた。槍を振るたびに兵が薙ぎ倒されている。
「あいつらが言っていた化け物ってのは、これか……」
尻込みした兵たちが後退し始めている。門を遠巻くように下がった兵たちを睥睨すると、赤鬼は悠々と塢に姿を消していた。
「面白くなってきたじゃねえか」
笑いが込み上げてきた劉辟は、呵呵と大笑した。




