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許氏の塢  作者: 熊谷 柿
第4章
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勇躍の幼馴染

ちょ! くれぐれも無茶はするなよ!」

「ん」

 許褚きょちょに声を掛けた許定きょていは、急ぎきざはしを登って門楼もんろうに向かった。それとは別の方向に走った許褚は、単独で西門を目指した。

「丸太を持ってる奴を狙え! 丸太を門に当たらせるな!」

 西の門楼で右往左往しながら声を荒らげていたのは、張鴦ちょうおうだった。

「チッ。あの変なひげの野郎が率いてんのか。この前ぶちのめしておくんだったぜ」

 舌打ちした張鴦は、剣を振って指揮する八字髭の何儀を認めると独りちて矢を放った。

 刹那せつな護城墻ごじょうしょう門扉もんぴが勢いよく開く音がした。咄嗟とっさに、張鴦ちょうおう女墻じょしょうから身を乗り出して下を見遣みやった。

「――――⁉」

 三百ほどの手勢を率いた許褚が、黄色い波に躍り込んでいる。許褚が槍を振るたびに手や首がね飛び、血飛沫ちしぶきが舞っている。たちまち勢いを失った黄巾賊は、ずるずると後退するようだった。

「その手があったか!」

 不気味な笑みを浮かべた張鴦は、きびすを返すと飛ぶように門楼を降りた。

「くっ! またあの化け物が出てきたか。ええい、ひるむな! 大男を討ち取れ!」

 何儀かぎの下知に、黄色い兵は意を決して斬り込んだが、許褚にとっては露を払うようなものだった。

「だ、誰もその大男を仕留めることができねえのか――⁉」

 何儀が悔しさをにじませたときだった。

 ときの声と共に新たな一群が塢から出てきた。二百ほどの若人だった。一目散にこちらへ寄せている。標的になっていることを察した何儀は、馬首を巡らせ馬腹を蹴った。

「逃げんじゃねえ‼」

 大音声だいおんじょうと共に、張鴦は何儀の背に向かって槍を投げつけた。その槍は、虚空を切り裂くようにして何儀の背を追った。

「ヒッ!」

 何かが右のほほかすめた。何儀からは一瞬にして冷汗が噴出ふきだした。飛翔した槍が、右の耳朶じだほほかすめ、追い越していったのである。何儀の右頬からは、血が流れていた。

 急いで後退する何儀を目にした黄巾の賊徒は、それを追い掛けるように退いていった。

 許褚の一群は、退く黄巾を尻目に塢内へ戻ると、張鴦も続いてに入った。

「いい働きっぷりだったぜ、許褚」

 張鴦は許褚の肩をぽんと叩くと、門楼までの階を駈け上った。

「張鴦」

 階を駈け上る張鴦に許褚が声を掛けた。

 足を止めた張鴦は、怪訝けげんな面持ちでゆっくりと許褚を振り返った。

あきらめるな」

 張鴦は、口辺に微笑を刷くと虚勢を張った。

「あたりめえだ。お前より先に諦める訳にはいかねえよ」

 そう言うと、張鴦は破顔はがんした。

 許褚も微笑み返すと、南門へ向かって駈け出した。

 薛麗せつれいは、精彩せいさいを放っていた。

 南の門楼に身を置いた薛麗は、矢を射るたびに賊徒へ突き立った。盾兵をい潜るように走った矢が、丸太を持つ黄巾兵を射抜く。丸太の部隊は容易に門を突けずにいた。

 勢いに乗った墻壁の上に並んだ塢の者たちが、次々と援護射撃を繰り出している。

「相当な弓使いがいるなあ」

 後頭を両手で抱えるようにして、くらを外した馬の背に寝そべった劉辟りゅうへきが、戦の喧噪けんそうを耳にしながらつぶやいた。

 ドオオオン――。

 突如、勢いよく門扉が開く音がした。

 弾かれたように身を起こした劉辟は、思わず目を見張った。塢より飛び出してきたのは、三百ほどの一群だった。何よりもそれを率いる豪傑に目を奪われた。蘇芳すおうまみれた面貌めんぼう烱烱けいけいとした目が赤鬼に見せていた。槍を振るたびに兵が薙ぎ倒されている。

「あいつらが言っていた化け物ってのは、これか……」

 尻込みした兵たちが後退し始めている。門を遠巻くように下がった兵たちを睥睨へいげいすると、赤鬼は悠々と塢に姿を消していた。

「面白くなってきたじゃねえか」

 笑いが込み上げてきた劉辟は、呵呵かかと大笑した。


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