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許氏の塢  作者: 熊谷 柿
第4章
14/20

雄姿の偉丈夫

 黄色い大波が四つに割れた。

 あっという間に、四方の墻壁しょうへきには黄巾賊が寄せていた。には数多の矢が射込まれ、それぞれの門には轟音と共に丸太が打ちつけられている。

 それにあらがうように、墻壁の上からは盛んに矢が射返された。

「どんどん丸太をぶち当てろ!」

 東門に寄せた黄邵こうしょうが声を荒らげた。丸太に縄を結わえ持った十人ほどの黄巾兵が、勢いをつけて門に突撃している。丸太を持った同胞を矢から守るような盾兵がついて回る。

 東門の指揮を任されていたのは、許褚きょちょだった。その許褚の姿は、どういう訳か門楼もんろうどころか墻壁の上にもなかった。

 ドオオオン――。

 護城墻ごじょうしょう門扉もんぴを開け放ち、三百の若人わこうどを従えて勢いよく飛び出してきた偉丈夫いじょうぶこそ許褚だった。蝟集いしゅうする黄巾兵の波に巨軀きょくを躍らせると、槍の閃光がほとばしった。黄巾の無数の首が宙に血の虹を描いた。

「ま、まずい! あの大男が出てきた」

 許褚の雄姿を認めた黄巾の賊徒は、波が返すように丸太もそっちのけで四散した。

「お、おい! お前ら逃げるんじゃねえ!」

 算を乱して逃げ惑う兵が退くと、黄邵の眼前に三百を率いる豪傑、許褚の姿が見えた。

「俺が仕留めてやらあ!」

 黄邵は馬腹を蹴った。頭上で槍を旋回させると、一直線に許褚を目指した。

 迫る一騎に気づいた許褚は、その騎馬に向かって走った。馳せ違う刹那せつな、許褚は首を斬った。馬の首だった。馬体がくずおれると、黄邵のからだは勢いよく投げ出され、顔から落ちた。

 許褚はきびすを返すと、急いで護城墻の門扉まで戻った。三百の若人もそれに従っている。その一群はの中に消えてしまったが、東門を襲った黄巾賊は、恐れを成したように遠巻きで東門を警戒するばかりだった。

「丸太を持った兵を狙え! 墻壁に登ろうとしている奴もだ!」

 北門の門楼で、許定きょていが声を張っていた。自らも眼下の賊徒に矢を放っている。

「盾兵は丸太の突撃隊をしっかり守って。弓兵は城壁にいる奴をよく狙って」

 柔らかな笑みを浮かべている。北門に攻撃を仕掛ける龔都きょうとも熟練の指揮をっていた。

 北門は、一進一退の攻防が続くやに見えた。

 すると――。

 轟音と共に開いたのは北門近くの護城墻、その門扉だった。

 その音にはっとしたのは、許定だった。女墻じょしょうから身を乗り出して下を見遣ると絶句した。

 黄巾の荒波に勇猛果敢と身を躍らせたのは、許褚だった。北門の守備を担当している若人三百ほどを引き連れている。

「勝手なことを――」

 許定は苦々しい表情を浮かべると、弾かれたように門楼のきざはしを降った。

 許褚の勇躍に恐れを成した黄巾の賊徒は、蜘蛛くもの子を散らすように逃げ出した。

「さては、何儀かぎさんと黄邵こうしょうさんが言っていた巨漢とは、あれのことだな?」

 笑みを浮かべた龔都は、佩剣を引き抜くと馬腹を蹴った。

 龔都の接近に気づいた許褚は、待ち構えるように槍を引っげ仁王立った。

 許褚と馳せ違う刹那せつな、龔都は馬上から跳躍した。許褚の頭上から斬り下げる。

「がっ――⁉」

 暴風が龔都を襲った。許褚は、宙を舞う虫でも払い除けるが如く軽々と槍を振った。

 その柄が当たった龔都のからだは、虚空こくうを舞うと地に落ちて転がるように吹き飛んだ。咄嗟とっさに剣を立て防護していなければ、致命傷になっていたかもしれない威力だった。

「……こ、これは、ぎょがたいな」

 ふらふらと身を起こした龔都に微笑が浮いた刹那だった。頭上で何かが光ったようだった。龔都は、咄嗟とっさに剣をかざした。

 ガギイイン――。

 降ってきたのは剣の一閃だった。その重さに耐えきれず、龔都は地に片膝を突いた。

 その豪快な一振りを龔都に浴びせたのは、精悍せいかんな顔つきの丈夫じょうぶだった。

「とっとと帰れ。もなくば、容赦せぬぞ」

 許定だった。二百ほどの若人わこうどを従え、護城墻ごじょうしょうから打って出ていた。

「よし! 戻れ、褚! みんなもに戻るぞ!」

 龔都には興味を失ったように、許定が若人たちをまとめて塢内に戻っていった。許褚の一群もそれに後続している。

「困ったな……あれもなかなかの手練者てだれじゃないか」

 日和見ひよりみの龔都は力なく笑った。北門に攻撃を仕掛ける黄巾賊は、難から逃れるようにこぞって遠巻きに北門を傍観した。


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