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許氏の塢  作者: 熊谷 柿
第3章
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追い返し、許塢

「な、何だ、あの大男は――⁉」

 黄巾の何儀かぎは、許褚きょちょの勇躍に目をいた。面白いように兵たちが薙ぎ倒されている。

 許褚に後続した五百の若人わこうどたちも勢いに乗った。黄巾兵は、たちまち算を乱した。

「ええい、何をしている! 騎馬は早く城門に丸太をぶつけろ!」

 及び腰となる兵たちを尻目に、苛立いらだちを覚えた黄邵こうしょうが声を荒らげた。

 すると、かされた黄巾の二騎が、丸太を引きるようにして東門へ向かい駈け出した。勢いを増す騎馬に、黄巾兵やの若人たちも、巻き添えを避けるように後ずさった。

 ただひとり、その騎馬に向かって猛進する者がいた。許褚だった。二騎に真っ向から挑むように駈けると、丸太を避けるように跳躍した。宙に身をひるがえすと、右側を駈ける乗り手を槍で叩き落し、馬と繋がれている丸太の縄を両断した。

 許褚が着地すると、均衡を失ったもう一方の騎馬は、乗り手諸共砂塵を巻き上げ勢いよく転倒した。制御を失った丸太が、幾人もの黄巾兵を薙ぎ払った。

「お、おお……」

 その光景に塢の者だけでなく黄巾兵でさえ、こぞって感嘆の声を漏らした。

「……な、何が起きてる?」

 関城の中にいる張鴦ちょうおうが、震えた声で上にいる薛麗せつれいに尋ねた。

「縦横無尽に、許褚の奴が活躍しているのよ」

 不敵な笑みを浮かべた薛麗が、見上げる張鴦に向かって返した。

「許褚が……活躍している……だと?」

 張鴦は、ほぞんだ。肩が小刻みに震えている。

「……俺は、俺はこんなときに何やってんだ? 今こそ男を上げるときじゃねえか」

 さっと顔を上げた張鴦は、後ろに控える三百の若人に振り返った。肩の震えが止まっている。眉間みけんしわを深くした双眸そうぼうは、冴えた光を放っていた。

「怖えのはみんな同じだ! 自分の中の恐怖を追い払え! このむらを、この塢を守るのは俺たちしかいねえ! さあ、出るぞ!」 

 ドオオオン――。

 遂に関城せきしろ門扉もんぴが轟音と共に開かれた。ときの声と共に飛び出したのは、三百ほどの得物を手にした若人だった。それを率いた張鴦が、算を乱した黄巾兵に斬り込んだ。

莫迦ばかたれが。やっと出てきたか」

 張平ちょうへいは、北東の角楼かくろうから関城より打って出た一群を見届けると、やっと手筈てはずどおり動いた息子に安堵した。それも束の間、張平は弓に矢をつがえ、眼下の黄巾兵に放った。

 許定と許褚が率いた五百を張鴦の三百が追う形になっていた。それを関城の薛麗率いる弓部隊二百が援護している。加えて、墻壁しょうへきの上からも黄巾兵に矢が降っていた。

 辺りに倒れ伏す屍体したいが、黄巾の騎馬の勢いを奪っている。その騎馬も塢の若人に討たれ始めていた。取り乱して右往左往する黄巾の軍勢を追い返すのも間もなくに見えた。

「さて、頃合いか」

 東の門楼もんろうに身を移した元緒げんしょは、眼下の戦況を見遣みやると、懐中ふところから人型をした小さな白い紙片を二枚取り出した。

 隣にはべ許淵きょえん許林杏きょりんあんが、元緒が手にした白い紙片に怪訝けげんな面持ちを向けた。

 元緒は、その二枚の紙片にふっと息を吹きかけた。刹那せつな、小さな白紙は形を変え、突如として二体の美しい巫女みこの姿に変貌へんぼうしたのである。二体とも芭蕉扇ばしょうせんを携えている。

「な、何で――⁉」

 許淵と許林杏が唖然あぜんとするのも束の間、二体の巫女は跳ね上がって女墻じょしょうの上に立った。

巫支祁ふしき――。方術であやかしを召喚した」

 不気味な笑みとなった元緒がそう言うと、二体の巫支祁は、天に向かって芭蕉扇をゆっくりと扇ぎだした。一扇、また一扇、その動作は次第に早くなる。

 巫支祁たちの頭上に黒気が立ち昇った。その黒気は、忽ち漆黒の墨のようになると天へ飛揚ひようした。すると、見る間に天は黒雲に覆われたのである。

 天の一角で雷鳴が轟いた。電光が走ると、また雷が鳴った。ぽつ、ぽつ――と、大粒の雨が降り出したかと思えばその勢いは増し、ぼんを反したような大雷雨となった。

「チッ。こいつは分が悪い。ええい、退くぞ! 退け、退け!」

「今日はついてねえな。天気にまで見放されたか。おい、退却だ! 退くぞ!」

 何儀と黄邵が下知を飛ばすと、黄色い波が返すように塢から退いていった。

 塢からは勝ち鬨が上がった。眼下の若人たちからも勝ち鬨が上がっている。

 許褚は、黄巾の賊徒が退いていく東方に目を向けたまま仁王立っていた。勇壮な偉丈夫いじょうぶの背だった。

「一騎当千とはこのことか。だが、惜しいかな……」

 元緒は、その勇壮な背を見遣った。憐れみを帯びた視線だった。

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