第41話 偶然
珍しく全員がオフの日、ジュンはいつも通り出かけて行った。
テフンはソファに深く座り込んだまま、腕を組んで小さく息を吐いた。
「……謝りたいとは思ってるんだけど、正直、どう言えばいいか分からなくて……」
「“ごめん”でいいじゃんね?」
ミンソクがあっさり言う。
「……それだけじゃ、足りない気がしてさ」
「じゃあ、どうしたいの?」
ハユンが穏やかに口を挟む。
テフンは少し考えてから、うつむいた。
「キスしたこともそうだけど……あの子、あの時、うちのファンの子にぶつかられて転んでたんだ。膝も足首も、血が滲むくらいで」
「自覚あるなら、なおさら行くべきじゃない?」
「……うん、分かってる。けど、怖いんだよ……」
ミンソクはソファの肘掛けに腰をかけ、苦笑した。
「……きっかけくらいは、作ってあげてもいいよ」
ハユンが言う
「え……本当に?」
テフンが目を丸くする。
「ただし、そこから先は自分で動いてね。これはあくまで入り口」
「……うん。ありがとう」
テフンは、まだ落ち着かない様子で髪をかきあげながらも、わずかに口元をほころばせた。
◇◇◇
今日は久しぶりのオフだった。
全員がオフの日も珍しかったけれど、オフの日は、できるだけ外に出ると決めている。
部屋にこもっても休まらないし、なにより、ドラマでいろんな役を演じるためには“人間観察”が欠かせない。
街に出れば、そこら中に役作りのヒントが転がっている。
ただ歩いて、ただ人を眺める――それが、最近のお気に入りだった。
商店街の角を曲がったとき、ふと足が止まった。
ガラス越しに、小さな花屋が見える。
その店先で、桜が花束を選んでいた。
薄いグレーのコートに、首元でくるくると巻かれたふわふわのマフラー。
花を受け取ると、顔を近づけ、嬉しそうに微笑んだ。
誰かへの贈り物か――そんなことを考えた瞬間、自分でも意味がわからず視線を逸らす。
別に知り合いってわけじゃない。
ただ……なんとなく、その笑顔が頭に残った。
数日後、テフンを迎えに大学へ向かった。
校門の近くでバンを停め、後ろの席でスマホをいじっていると、人の気配にふと顔を上げる。
桜だった。
大きめのトートバッグを肩にかけ、同年代らしい友人と並んで歩いてくる。
――足、治ったんだな。
slow beanで見たときは、かばうように歩いていたのに。
今は普通に、軽やかに歩いている。
薄手のコートが揺れ、首元のふわふわマフラーも自然に揺れている。
友人と話しながら、時折見せる笑顔やしぐさに、思わず目を奪われる。
なんでこんな些細なことに気づいてしまうんだろう――自分でも少し戸惑う。
けれど、前より元気そうだと安心する気持ちもあって、思わず視線が追ってしまう。
「この街、小さいな……」
ジュンが小さく呟くと、隣のミンソクが横目でちらりと見て、声をかけた。
「え、なんて?」
ジュンは視線を戻し、少し笑いながら答えた。
「いや、なんでもない」
それでも、心のざわつきは止まらなかった。
偶然にしては、ここ数日の間で二度目。
やたらと視界に入るのは、偶然じゃないのかもしれない。
さらに数日後。
撮影帰りのバンが赤信号で止まった。
窓の外、横断歩道の向こうに桜がいた。
肩を出した薄手のトップスに、ひらりと揺れるスカート。
友人と何かを話していて、ふっと笑う。
……あ、笑ってる。
今日は暖かいのかもしれない。
けれど、あんな格好で出歩くのは……少し心配だ。
寒さのことか、それとも……いや、別に俺が気にすることじゃない。
それでも、無意識に目で追ってしまう。
――やたら見かけるな。
偶然のはずなのに、会うたびに目に焼き付く。
笑った顔も、話している横顔も、ただ歩いている後ろ姿も。
きっとまた、あの子は自然にみんなを和ませるんだろうな。
登場人物
桜 20歳韓国へ語学留学中 純とは遠距離恋愛を解消した。
留学生活の足しに彫金をしていたが、失恋を機に語学堂の友達の後押しを受け、
SORIWAブランドを確立。作家として歩む道に心を固めた。
語学堂(語学学校仲間)
千夏 20歳
拓海 30歳(桜と千夏とは語学堂は一緒だが、拓海は上級クラス)
韓国人気アイドルグループ
MIREU PROJECTに所属
IRISメンバー
テフン IRISリーダー ジュンと二卵性双子 兄
ジュン テフンと双子 弟
ミンソク 末っ子
ハユン 最年長