第3話 桜と純の遠距離恋愛
「純、Wi-Fiいけてる? 今日はあんまりカクカクしてないかも」
桜は、ベッドに座ってスマホを手に持ち、東京にいる彼氏・純とのテレビ電話に繋いでいた。
画面の向こうでは、純が建築模型をいじりながらニカっと笑った。
「たぶん今日は回線がご機嫌。……いやー、課題、また出された。もう4個目の模型。教授、ほんとに鬼だわ。」
「手、大丈夫? またボンドでパリパリになってない?」
「もちろんなってる。ほら、見て。傷とボンドで歴戦の勇者みたいだろ」
純は建築学科の3年生。中学のときに地元の商店街が再開発で消えたことが、建築家を目指すきっかけになった。
「誰かの記憶を残せる場所を作りたい」――そんな想いを胸に、毎日夜遅くまで図面と模型に向き合っている。
「でもさ、疲れてても、桜の声聞くとちゃんと“生きてるな”って感じするんだよね。不思議」
「それって、生存確認的な意味じゃないよね?」
「もちろんラブ的な意味で」
桜はちょっと吹き出してから、今日の出来事を話し始めた。
「今日、地下鉄の出口出たらね、ちょうど雪が降ってきたの。ふわーって。ビルの隙間から落ちてくるみたいで、すっごく綺麗だった」
「うわ、それ想像できる。冷たいけど、静かで優しいやつでしょ?」
「うん。それでね、いろんな人がしゃべっているのが聞こえて、全部は聞き取れなかったけど、雰囲気だけでなんとなく分かった気がしてさ。……なんか、言葉って不思議だなって思った」
「そうだね、言葉ってその瞬間の空気を、ふと感じさせてくれるよね」
少し沈黙が流れた。
そのまま静かな夜の空気を共有しているような気がして、桜は居心地がよかった。
純は、紙を見せてきた。
「今日描いてたスケッチ。桜がいたら、どんな部屋がいいかなって思ってさ。西向きの窓。夕日が好きって言ってたから」
「……そんなの見せられたら、帰りたくなるでしょ」
「帰っておいでよ。君がいる場所を、ちゃんと用意する。今は遠距離でも、設計図のない家でも、一緒に作っていこう」
遠く離れた国と国を繋ぐテレビ電話。冷たい夜だったけれど、純の言葉が、まるでストーブみたいに胸の中をじんわり温めていく。
「おやすみ、純。明日もがんばるね」
「俺も。おやすみ」
画面が暗くなったあと、桜はスマホを胸に置いて目を閉じた。
きっと今夜も、雪みたいに静かで優しい夢が見られる。そんな気がしていた。
登場人物
桜 韓国語学留学中 20歳
純 日本の建築学科3年生。桜と遠距離恋愛中
テフン 韓国アイドル IRISのメンバー