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 『見て。見つけたんだ。綺麗でしょう?』


 そう言って、両手を大きく広げ少女は笑った。見惚れるような笑顔で、幸せそうに、嬉しそうに。


 蒼穹の下。何処までも続く様な地平線にはびっしりと白い花が咲いていた。何処にでも在る道端に咲いている小さな花。誰一人目に留めない花と言えどここ迄群生していれば息を飲む美しさだった。


 柔らかな香りが鼻をくすぐり綿毛がフワフワと風に乗ってむ幻想的雰囲気を醸し出している。


『……うん。綺麗だね』


 少年は眩しそうに目を細めた。それは景色を見ているのか、嬉しそうににくるりと回ってぱたんと花に埋もれている少女を見ているのかは分からない。


 その整った顔は、ただ、ただ。幸せそうであった。ここに在ることを。少女といることが心底幸せなのだ。と言う風に。


 少女の美しい双眸は空をまっすぐ見つめ、雲に手が届かないかと思案する様に伸ばしていた。


『ふふふ。でしょう? この間、散歩してて見つけたんだ。連れて来たくて。まだ、シュガーにも話してないんだ』


『……なんで?』


 少しだけ。少しだけ緩みそうな頬。この時だけ少年は自分の表情筋が死んでいることを感謝したことはなかった。軽く朱に染まる少年の頬を少女が見ることはない。


『何言ってるのさ。だって、君、誕生日なんでしょ? 私何もできないし、お金も持ってないけど。この景色ならプレゼント出来るかなって』


 そう言えばそうだったかな。呟いて空を仰いでいた。特に誕生日など意味はないのに。何の感慨も毎年感じていない。祝う意味も分からなかった。


 だって、毎年――何百年以上同じなのだから。少年が何百年生きている訳ではなく、そう決まっている。誕生日でもあるが、少年ではない誰かの誕生日でもあった。


 正確な誕生日なんて、彼は知らない。何せ人から生まれていないのだ。そのほとんどの構成は目の前の少女と一緒だというのに。


『ダメだった?』


 窺うように何処か不安げに少女は浅い緑の双眸を向ける。若葉のような色でとても柔らかい。少女に表情筋を駆使して少年は首を軽く振った後で笑いかける。上手く笑えているかどうかは分からない。だけれど伝わってくることを切に願った。


『ありがとう』


 言うと、少女は少し意外そうな顔を浮かべた後で、安心したように笑う。嬉しそうに。楽しそうに。少年にとってはその横顔が最高のプレゼントだろう。


 ぴょんと跳ねる仕草で起き上がると少年に目を向けた。ふわりとその温かく柔らかい手が少年の手を軽く包む。


『十七歳だね。お誕生日おめでとう。アドラー。生まれてきてくれて感謝してる』


 なぜか涙が滲みそうだった。


 この時少年――アドラーは初めて知った。誕生日が楽しいものであると。幸せなものであると。


 この人が好きだったのだと。



 色の無かった世界が色づいていく――。



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