告白
光も何もない世界を私は歩いていた。前を歩いているのか、後ろに戻っているのか、左右どちらのかはもちろん分からない。行く先に何があるのかすらも。
一歩踏み出すごとに息苦しさを感じる。一歩踏み出すごとに何かを踏みつけている感覚がする。一歩踏み出すごとに身体は重く、一歩踏み出すごとに誰かの頭に反響するような呪詛が聞こえた。
もう一歩踏み出せば死んでしまうのではないかと思うほどに。
「――つ」
振るえる足と心を叱咤してそれでも私は足を進めようとする。どうやらマニフィスと逸れてしまったらしい。もとより頼るつもりはなかったけれど、いないならいないで心細い気がした。
「なぜ?」
誰かの声が聞こえて私が顔を上げるとそこには見知った人が立っていた。幻なのだろうと思う。だってそれは薄く、あまりにも存在感は無かったのだから。
彼――アドラーは少しだけ困った顔をして立っている。いや、多分他人から見たらその表情は変わっていないのだろう。
「痛いのに。苦しいでしょう? 無かったことになるのに、シャロが苦しむ必要はないよ」
だから、諦めろ。そう言っているのだろう。ここで抵抗するのを止めろと。確かにここで諦めればこの恐怖と痛みから『楽』にはなるのだろうか。痛いことも苦しいことも全て溶けて、また巡るんだろうと――思う。
でも。だからって。
諦めるわけないじゃないか。
私は真っ直ぐに幻のアドラーを見た。
「皆頑張ってる。この世界で生きてる。私だってそうだよ。やり直せるから諦めるって選択肢は何処にも無いんだよ」
それに。と私は未だ響き続ける悲鳴を追い出す様に声を張り上げ、大股でアドラーに近づいていく。
「アドラーはずっとここに居るでしょう? 私は、それが許せない。苦しいのも悲しいのも全部飲み込んで、ずっとここに居るでしょう?」
時間が戻っても、アドラーはずっと一人だ。身長差が少しだけある為に挑む様に見上げればアドラーは困惑したような光をその双眸に湛えた。
「僕は君が幸せに為れば。幸せになってほしい、から。あんなことは、もう。いやで」
――まぁ概ねマニフィスが悪い。そのマニフィスはいないけれど。あいつどこ行った。
「……あのね。私の幸せは、私が決めるんだよ。こんなことはもうだめなんだよ。アドラー。この魔法の為にどれだけの命を使ったと思っているの?」
多分。というか、何となく感じていた。怨妖は魔法を行使するために使われた人々の魂だろう。魔術でなく魔法。魔術はあくまでも人知の及ぶことしか出来ないから。
本来はとても優しいのを私は知っている。だからどれだけの覚悟があったのだろうか。時を戻すために。私を幸せにしたい。
そんなことだけの為に。
滲んだ視界のまま私はアドラーの頬に手を伸ばす。もちろん触れない。その代わりに重苦しさだけがそこにあった。
それでも目を逸らすことは許さない。
私も。
「僕は」
「私ね。アドラーに幸せになって欲しかったんだよ。いつか聖女様は現れるでしょう? それに好きな人がいるって言っていたし。その人とねずっと幸せにって願っていた」
そんな人いないとアドラーの声が震える。泣きそうに見えたのは気のせいではないだろう。私は薄く微笑んでいた。
「うん。へんなの。お互い幸せになって欲しかったんだね。あのね、私がフィゼルに向かうとき、こう言えばよかったのかもしれないと今でも思うんだ。どんな結末でも」
前回私は死ぬまで後悔したのだと思う。色々あってマニフィスとああなったことも私の選択なのだからそれほど後悔はしてないけれど。思い出せばそれだけが後悔だったな、と。
そして今でもきっととても緊張する。自分でも笑えるほどに。それでも。
「大好きだよ。アドラー。あのね。私と幸せになって欲しい」
差し出した震える手をアドラーはよくわからないと言うように暫く凝視していたが、言っている意味にようやく気付いて顔が見たこともない表情に変化する。
刹那――。
ぱっと暗闇が弾けるように消えて美しい緑が燃ゆる丘が広がっていた。




