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偽物聖女は世界を救いたい(希望)  作者: stenn
貴方と共に

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最大魔術式

ぷっつりと何かが切れたらしい・・・

 洞窟の奥の奥。精霊石すら疎らで暗い世界にその扉はあった。真新しく美しいとすら感じる白い大きな扉はまるで王城にある謁見室の扉のよう。ごつごつとした岩肌に浮くように張り付いているそれに違和感しかない。まるでそこからこの世界から隔絶した世界と言われているようであった。


 私たちに気付いてその前に立ち尽くしていた人物我顔を上げた。長い白い髪から覗く銀色の双眸がゆらりと私を捉えていた。


 恐らく本体ではないのだろう。その存在はまるで蜃気楼のように揺らめている。


「ひっさしぶりね。元気そうで何よりだわ」


「え。節穴? どの辺が?」


 そうクラベルに言われるくらいには、元気には見えない。身体も枝のように細く、顔色も生きているのかと思うほど悪く、肌も乾き切っているように見える。虚ろな目は何かを諦めたかのように悲しげにも見えた。


 それがあまりにも――悲しくて胸を締め付けられる。


 こんなところに。


 一人で。


 どう言葉を掛けて良いのか分からず口を開けては閉じるを繰り返して口元を結んでいた。その私の肩を『姉さま』と案じるようにシュガーが支えるように抱いてくれた。微かに震えていたらしい手は冷たく私は胸元で握りしめる。


「前に見た時とは違うんだな」


 青年――アドラーはマニフィスの問いには答えることなど無かった。


「あのね、アドラー」


 声にアドラーはゆらりと再び私に目を向ける。無表情に。その眉一つ動かすことはない。努めてそうしているかのように。


「……僕は君たちを殺したくない。それを言いに来た」


「そうはいかないな。せっかくここ迄来たんだ。俺たちはここで終わらせる。言っただろ? もう終わらせたいってさ」


「世界は終わって巡る。また巡る。何度だって僕が思い描く未来の為に――だから帰らないというのであれば」


「そんな未来ねぇよ――何処にもな」


 ふっとマニフィスは冷たい笑みを浮かべると私の耳元で空気を切り裂く鋭利な音が響いた。銀色の一線。私は半ば反射的にシュガーを突き倒し、身を翻したが躱し切れずにざっと頬に鋭い痛みが走るのを感じていた。


 ――な。


 実のところ足にもあまり力が入らない。なので追撃を躱すことは今の私には難しい事だ。突き刺すように水平に剣の切っ先を見たところで目を閉じたが、弾く様な金属音に私は目を開けていた。


 剣を弾いてクラベルは地面を強く蹴る。そのまま懐に切りつけたが防がれて再び流れるように剣技を繰り返していた。その目はもはや本気だ。鬼のような形相でマニフィスに斬りかかっているが、当のマニフィスは表情一つ変えていない。それどころか薄笑いを浮かべていた。


 余裕があるように。その顔に酷く嫌な予感しかしない。


「何してんだっ、てめぇっ」


「姉さま、大丈夫か?」


 態勢を崩してほとんど地面に伏せるように倒れていた私をシュガーが抱き起こした。頬の傷を見て苦しそうに眉を寄せる。その横でテノールが私を覗き込んだ。手もとからハンカチを取り出すと頬に押し当てる。


「ね。屑でしょう? 塵。塵。――大体、あいつアドラー君好きすぎるのよねぇ」


 刹那――金属が弾ける音と共にザクリと剣が地面に突き刺さった。同時だんと鈍い音がして跳ねるようにして硬い地面にクラベルは叩きつけられる。――が。丈夫の代名詞というか、多分魔術で痛みを散らしているクラベルはぐっと腕一本で地面から弾ける様にして立ち上がっていた。


 ふー。と軽く肩で息をしている。その目の闘志は失われてはいなかった。シュガーも私を護るように立ち上がる。その手には淡く壁を作る式が浮き上がっている。


「なにしやがる」


「別に殺してもいいだろ? どうせ皆死ぬ。そうだろ? アド……」


 一瞬。見たことのない歪んだ表情でマニフィスは息を飲んでいた。次に崩れるように笑う。『は』と小さく息を零して。それは何処か満足そうに恍惚とした表情で、正直君の悪さを感じていた。何があるのかとアドラーを見れば淡々と何も変わらない表情のアドラーが居て。


 ――?


「ははははは。そうだろうな。それが見たかったんだよなぁ。俺は昔から。聖王だって人間だって思ってたんだよ。そうだろ? テノール」


「呆れたわね。普段の私たちが人間以外の何に見えんのよ。アンタは」


 割と人外――。そんなクラベルの言葉を無視してアドラーは口を開く。私たち兄弟そう思っていないがデリアスの人間は『聖王』は聖王でしかない。またそのように育てられるから、彼ら自身もそう思っていないところが嫌だけれども。


 ……テノールが特殊過ぎる。それは今地上にいるもう一人のアドラーもであるが。


「帰らないというのであればここで終わらせる」


「シャロンも?」


 一拍置いて押し殺すように『ああ』と低く肯定した。もちろんこちらは見ない。


 ……。


 姉さま? というシュガーの声を無視して、私はアドラーの視界に入るように覗き込む。


 ……。


 目を逸らした。というか。目が合わない。首が、人が曲がるぎりぎりのところまで曲がっているけど痛くないのだろうか。


 うーん。……これは。


「なら、俺が殺しても良いよな」


「止めろっ」


 聞いたこともない大声をアドラーは張り上げたと思うと、辺りが炎に包まれた。青い炎で熱くはないが、シュガーの服の裾がじっと短い音を立てて消失したので触れてはいけない何かなのだろう。当のシュガーは真顔になっていた。


「――つ?」


 同時――。地面がガタガタと震えた。パラパラと崩れていく岩肌。天井も大きく崩れて、大きな『式』が空中に浮いていた。


 それは見たこともない大きさ。淡く輝く式が三枚ほど重なっている。複雑で時折読めない文字が混じっている。


 それを隣でシュガーがぽつぽつと頭の中で紐解いている。瞬きはしていない。目まぐるしくその双眸が読み込もうと必死に揺れていた。


「あらぁ。アドラー君の精神が崩壊したわね。煽るから」


「そっちの方が面白いだろ?」


 何一つ面白くないわ。と零してテノールはその式を見上げている。


「……炎。水。異空間。生物……。星――繋げる」


「シュガー?」


「なに、これ。マジかよ――錬成……嘘だろ?」


 震える声に応えるようにして、クラベルが剣を振り上げて式に突き立てる。馬鹿なの。馬鹿なの。アイツ。というのはテノールの声。


「なんだか知らんけど、壊せば良いんだろ?」


 ――これはクラベルも知ってると思うけど、物理で『式』は消えることない。大量の魔術をぶつけて打ち消すのは出来なくもないが。簡単なのは術者を倒すこと。一番難しいのは式自体を解いて無効にすること。であるのだけど。


 きっかり、きっぱり忘れてる……。


 当然のように拒絶され雷が身体を切り裂いている。私ははっと我に返って叫んでいた。いや、このままだとクラベルが死ぬ。


「兄さまっ。無理だから。――アドラーの方を何とかしないとっ」


「つ。何とかって……もういねぇし。つ――。これ、壊さないとまずいんだろ? シュガー。兄ちゃんが何とかしてやっから。言え。どうすればいい?」


 本当に消えている。シュガーはぐっと唇を噛んでから顔を上げていた。その眉間には深いしわが刻まれている。


「つ――。一つ一つ。解く。クラベル兄。そのまま剣で魔力を限界まで流していて。テノール。クラベル兄だけでは無理だ」


「さすが。天才? 良いけど。でも私がここに居ればお姫様は一人よ? マニフィスを除けば」


「安心していい。俺が護ってやるよ」


 先ほど私を殺そうとしていなかったか? 良い笑顔を浮かべられても。当然のようにシュガーは切れんばかりにマニフィスを睨んでいた。


 微塵すら信じていない。


「姉さま。この式は『終末』を呼び寄せるものだ。怨妖の比じゃない。ただの殺戮と虐殺。あらゆる抵抗も無意味で、皆死んでしまう。ここで止めないと――」


「世界は巡るって言っただろう。すべて無かったことになる。だからそれを考えれば良くないか?」


 捨ておいても。


「るせぇよ。グダグダと、巡ろうが何だろうが。俺たちには今しかねぇ。どうにかするしかねぇんだよ。護りたいものを護る。ただそれだけだ。でな、それに無かったことにはならねえよっ――絶対に。そんでもって、妹に手を出したら絶対に殺すからなぁあああああ」


 あれは元気そうね。とテノールは苦笑を浮かべると私を見た。


「ま。大丈夫でしょう。途中で害されると言うことは無いはずだわ。あくまでも目的は『終わらせる』っていう事だから」


「は。それだけだとつまらんだろ?」


「あら? 大体貴方は最後までたどり着けないじゃない」


 とんと、扉にテノールが触れると軋むような音を立てて扉が開いていく。その先には何も見えることが無く、ただ闇が広がっているように見えた。ごうこうと強い風が吹いている。そんな音が耳に響く。それは何処か不安を煽りたてた。


「守りが無ければそれほど長くは持たないわ」


 こくりと息を飲んでから私は必死な形相で式と対峙している二人を見る。


 行かないと――。


 この世界が。クラベルたちが倒れる前に。ゆっくりとはしていられない。


「……兄さま。シュガー。なるべく早く戻る。だから絶対に」


 ピリピリと肌を行かず血が切り裂きぱっと血が溢れる。今すぐに駆け寄って治癒を施したかったが――止めた。


 ぐっと口を真一文字に結んで確りと二人を見ることしか出来ない。そんな私を見てクラベルがいつものようににっかりと笑う。


 そこには絶望などは浮かんでいない。


「死なねぇよ。それに俺たちがここで止めればすげえだろ? 一生困らねぇ金額を貰うんだ。だから、早く返って来いよ」


「姉さまが帰ってくるまで、止めるから」


 うん。と小さく頷いてからもう一度声に出し顔を上げる。


「――うん。行ってくるよ」


 一歩踏み出した先は地獄か――。ふわりと私の身体は闇に飲まれていく。


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