洞窟へ
剣を掲げよ。
空に請え。その願いはきっと届くだろう――。
願いは聞き遂げられた。というより物理のような気がする。突然輝きを増した剣を何となく――本能的といっていい――薙いでみれば『ここ』への空間に繋がったというところだろうか。ただ、一度きりらしくてもう一度と剣を振るえば何も怒らなかったけれど。
弟曰く剣自体が『式』で作られているという魔術と魔法の中間をいっている何からしい。とにかく『人』では作ることの出来ないものというのは確定しているらしい。
テノールから借りたと言えば『ああ』と何となく遠い目をしていたような。本当に正体が怖い……。
にしても。
くたくただった。くたくた。
「姉さまそっち――あぁ。後ろ二人。どさくさに紛れて殺し合いをすんなっ、周り巻き込みながら戦ってるけどバレてるから」
半ばやけくそでシュガーが叫んでいる。その叫びは閉鎖された空間に響き何処までも反響している。
剣が繋いだ場所は私が意識だけの時にいた坑道のようだった。あの時は静かすぎて何処か不気味さを感じられたものだったが、どうやら今日は賑やかで泣きそうだ。
ざっ、と目の前の怨妖を切り捨てて流れるようにして次に向かう。取り逃がした――追わないし追えない――それは後ろに控える二人に。先にあるシュガーは魔術である程度一掃していく。
「一体どれだけいるのよぅ」
肩で息をしながら泣き言をいうのは仕方ないと思うんだ。皆――マニフィス除く――ただでさえ疲弊しているのにこれはないだろう。ひっさ切りなしに怨妖が湧いて出てくるのだから。それこそ一歩歩くたびに。であるので、駆け抜けながらいなして進むしかない。
「仕方ない。ここはアレの封印のなかだ。怨妖を外に出さないための封印だからな。知ってるだろ? 世界の怨妖はすべて出てるわけじゃねぇって」
取り逃がした狼のような大きな体格が目の前で踊る。鋭い爪が私の頬を捉えると思ったが、その横から鈍い音と共にそれは倒れこんだ。
狼の眉間に刺さった大きな剣を引き抜きながらマニフィスは何事もなかったように平然と言う。そのまま『なんで俺を働かせるんだ』と言いたげにクラベルを見た。尤も『あ゛ん? ヤンのかゴルァ』と言いながら顰め面をしてクラベルは周りの怨妖を吹き飛ばしていたが。
輩である。昔からガラはいい方ではなかったがさらに輪をかけて悪くなっているような……。
「これだけというわけではないだろ?」
そう言ったのはシュガーだ。どうやら敵の量が少し落ち着いたらしい。はぁと息を整えながら私たちの元に戻ってきた。
少し休む。そう言って崩れ落ちるのは仕方ないだろう。ボロボロの身体。魔力だって枯渇を仕掛けているのかも知れない。どんどん取りこぼす数が増えているのだから。
疲れを吐き出すように深く息をしてゆったりと目を閉じる。
クラベルは魔術はそれほど上手くはないが、一応私たちの周りに『式』を描いて空間を辺りと断絶してこの場を隠匿した。それほど持つわけではなく、小休憩的な感じだった。
「もちろん。すべて実態を持っているっていうわけではないし、そのほとんどがもう一段階強い封印を施されている」
マニフィスは近くの壁に凭れ掛かり、クラベルは息を軽くついてからむドカリと地面に座った。
「封印……そこにセイオー様が?」
軽く式を描いて温める為の炎を生み出した。手で私を招くととんと横に座らされる。ここに居ろと言わんばかりに。
「そのはずだ」
「……あぁ。前回の『聖王』か」
シュガーとクラベルには一応簡単に事情は説明した。説明しないと恐らくここに来ることは出来なかっただろうから。というか絶対に抱えられてデリアスに強制帰国間が簡単に想像できる。
もちろん――世界を戻せば私が消えてしまうことは伏せてあるけれど。
にしてもすんなりと受け入れられたことは意外だった。
「ぁあ。あそこは毒の世界だ。人間は一秒とは持たないだろうが――おまえは問題ないだろうよ。それを利用してアイツを壊す」
分かっていた事だけれど。覚悟もしている。でも。ずきりと心が軋む様に痛んで軽く奥歯を噛んでいた。
――大丈夫。私は心の中で宥める様に言い聞かせる。
「なんでシャロが問題ないんだよ?」
どうでもいいけど、此処には精霊石の原石が転がっていたりする。隅で柔らかく光って辺りを照らし出しているため光を伴う魔術は必要なかった。軽く現実を逃避しながら『あれはいくらだろう』なんてがん見している私が居たりする。そんな私に溜息交じりに『聞け』と珍しくクラベルが諫めてきた。
「聖王の加護があるからだ」
「加護」
「そもそも、聖王の加護が無ければ治癒は使えない。治癒が使えると言うことは浄化もそれほど難しくはない。浄化が使えれば、あの空間では生きていけるという話だ。だいたい、まずアレが目の前で死んでいくなんて許さないだろうよ。だから、問題ない」
「浄化ってそれはテノールの力だったと思うけど? セイオーを助けたかった姉さまがテノールに頼んで……」
始まりはテノールの術だった気もするが。それが未だに残り続けている感覚で。浄化が使えるとは聞いていないし、出来もしない。
出来たらこの先少しは楽になるだろうか。と考えているとクラベルに睨まれた。『使うなよ』と言いたげに。
命を削るから仕方ないのかも知れない。
そう言えば呼び捨てが気になるが……。
「始まりは、あのバカか――ま、なんにせよ。きっかけに過ぎねぇだろ? 確かに加護はそこにある。俺が利用する程度には、な」
一拍。考えるようにして――眉間に皺が深く刻まれるような表情でクラベルは口を開く。凄く嫌そうなのは気のせいではないだろう。
「……それってさぁ――あいつは、」
言葉を切ってクラベルは再び考え始めた。何を言いたいのかさっぱり分からないが、クラベル自身ももよくわからないのだろう。脳筋だ。考えるのは苦手なので考えない方がいいのでは。と思った。
にしても――マニフィスはなんだかいい事を言っているようで、言っていない気がする。
大体おマニフィスの所為ではないのだろうか。と眉間に皺を寄せ考えながら見ていたがそんな私を無視してゆるりと立ち上がった。軽く伸びをしてからその双眸に私が持っていた剣に視線を移した。
「いい加減、出てきたらどうだ? テノール・フローリス。お前だけ楽をしようとしても無駄だ。俺たちが過労死して世界が戻る前にさっさと出てこい」
「フローリス?」
フローリスと言えば、アドラーと同じだなぁとのんびり考えて、固まっていた。国民は――いや、世界の誰もが――一様に聖王の名などに興味はないが、ラストネームはよく知っている。それは国民が使えないから。いや――世界の誰もが名乗ることを許されないラストネーム。
それ自体が聖王を表すものだったから。
――ふぁ。
間抜けな声が出そうなところを辛うじて押さえる。いや、どこかで『そうかも』とか思っていたけどさぁ。思ってたけど。
私は顔を引きつらせながら目の前の事象を眺めるしかない。
ゆったりと空間に浮かぶ剣は薄い輝きを放って瓦解する様に消えていく。その代わりにピースが埋まるように形作られていくのは美しい青年の姿であった。
黒い髪と双眸。
とんと軽く音を立てて、彼は地面に降りていた。それはまるで天使の降臨のごとく美しいが、誰もがその場をぼんやりと――馬鹿馬鹿しそうに見つめているだけだった。一般人が見たらそれこそ魂を抜かれる光景だというのに、慣れているのか本性を知っているためか分からないがさすがである。
にっこりと青年――テノールは微笑む。まるで慈愛に溢れた神のようであった。
「様をつけなさいよ。このタコスケ野郎」
第二代聖王――テノール・フローリス。別名『堕ちた神の子』――そう呼ばれている。




