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偽物聖女は世界を救いたい(希望)  作者: stenn
貴方と共に

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向かうところ

年内で終わります。予約投稿済み

 姉さま。と彼――シュガーは呟いて城前で空を見上げていた。一瞬だけ光ったそれは魔力の無い姉がその辺を明るくするのによく使っていた術だ。


 はらりと涙が零れそうになったところで、瓦礫を踏みしめる音に視線を投げた。


 淡い魔力の光。それに照らされる青年――クラベルはもはやボロボロであったが余裕に口端を上げた。厳しかった双眸が嬉しそうに細められたのは言うまでも無い。


「おー。派手な生存報告だな。我らが妹は」


「姉さまなので」


 ははっと楽し気に笑うクラベル。


「俺の事も『兄さま』と言っていいんだぞ?」


「そんなこと今更言えるか」


「そーか。そーか。じゃあ兄ちゃんはもうひと頑張りだ。……お前ももう少しなんだろ?」


 クラベルはシュガーの足元。剣で縫い留められた『穴』に目を向ける。必死に修復しようとしているそれはクラベルの魔術式によって阻害され少しずつ広げられていた。膨大な魔力と集中力はもう何日続いているだろう。そろそろ限界に近づいている足音が聞こえたが止めるわけには行かない。血反吐を吐きそうになるところをぐっと堪える。


 現在は子供が通れるくらいだが――もう少しで壊れないにしても大人が通るようになるはずだった。


 もう少し――。もう少し。


「うん」


 そか。とクラベルは言うと視線を暗闇に投げていた。ぎらついた双眸。口元を不敵に歪めて見せる。殺気だった視線は目の前にある黒い影を捉えていた。


 人型。どのくらいいるだろうか。普通なら剣を捨てて逃げるだろう。だがクラベルが怯むことはない。その目は『勝つ』という事しかもはや見えていないようでもあった。


 影は『ぐ』と一瞬多々羅を踏み躊躇したように見えた。それは人の心がどこかに残っている故なのかそれとも偶然であったのかは分からない。


「ということで、お前ら付き合え。俺の弟が集中してんだ。邪魔させねぇよ、なぁ?」


 大きな剣を振りかざし、クラベルは地面を蹴る。その身体に似合わず疾風のごとく。疲れなど微塵も感じさせなかった。


 いや。再び化け物がいるとは聞いていな……。


 普通死ぬと思うの。肩から腕がグッバイしたら。あの時確かに鈍い感覚――良いものではなく気持ち悪い――があってぼたりと人形のような手が床に落ちたと思ったのに。何だろう。テノールといい、どうしたら生物を超えられるのかこっちが知りたい。いや、なりたいとは微塵も思わないけど。


 ひどい話だけど、なんで死んでくれなかったと心の中で愚痴を吐き散らしながら目の前の人物を睨みつける。


 まぁ、生きていたらいるだろうなとは思っていたけれど、本当にいるだろうとは。


「マニフィス……陛下」


 歯噛みしたようにくぐもった声を気付けば出していた。精霊石に照らされながら満足そうに薄い口端を上げているのか腹立つ。そして長い脚を組んで優雅にソファに座っているも苛立たしかった。


 切れたはずの腕は袖の長い服に隠されているがどうやら存在している模様だ。裾から見える細い指先は少しだけ黒い様な気もしたが確かに動いている。


 やはり殺しても死にそうにないのが悔しい。


 以前は不意打ちで倒せたけれど、絶対これは私には倒せないと確信を持って言える。だってこれでもマニフィスは武人だ。内戦を潜り抜けてここに立っているたたき上げと言っていい。魔術も使えるクラベルなら何とかなるかも知れないが……。現在普通の人間――性別のこともあるが――に毛が生えた程度の私に強化を使おうが勝てるわけが、ない。


 この事態を引き起こしたと言っていいマニフィス。今何をどう考えているのかは分からないけれども、このまま見逃してくれれば良いなとは思う。そう考える自分が幾分か悔しかったがここで死ぬわけにはいかないから。


 ぼんやりと見る冷え切った暗い双眸からはいつも、いつだって何かを見出すことは出来なかった。


「久しいな。あれから息災で何より。――あぁ。せっかく言葉を交わせることができたんだ、そう構えることもないだろう? 俺とお前の仲だ。何なら、お茶でも?」


 心底、い、や、だ。


 それにお茶をすると言っても。この城には人がいない。いるにはいるけれど――怨妖になり果てた何かだった。ここまで来るのに散々追い掛け回されて逃げ回ったことは少し屈辱。私はその辺で拾った剣の柄を軽く握った。


 とにかく王様自らお茶でも入れるとでも言うのだろうか。


 自分でしなさそう。むしろ水を樽からがばがばと飲みそう。顔は精悍であるため似合わないが、その屑な性格には似合いそうだ。


 というか仲良くお茶だなんて頭がどうかしているのだろうか。前回は元より、トトの事を許している訳ではない。


「昔話に花を咲かせる仲では無いでしょう? 私は貴方が嫌いなのだし」


「俺は好きだがね」


 おもちゃとして。というのが無頭に浮かんだ。サディスト。サイコパス。人格破綻者。目的の為なら手段を選ばない。


 うん。


 いつだって死んだ方が世のため人の為。今だって世界に迷惑かけてるし。大体この国で『できる王様』ともてはやされる事もなんだか腹立たしく思えてくる。


 いちいち反応すれば喜ぶ変態性も兼ね備えているので『あっそ』と短く、興味なく言って視線を部屋に巡らせた。


 件の剣は無いようだ。ここではないのだろうか。


「この剣を探してるか?」


 言いながら長い裾から――便利だなその裾――取り出したのは見覚えのある剣だ。あれ――と思ったのは随分とくすんだような色。私が無理やり押し付けられた時にはなんだか輝いて見えたのだけれど。『私は国宝です』と言いたげな雰囲気だったのに『私はその辺の古い剣ですがなにか?』などと捻くれた声を発しそうだ。いや、剣は言葉発しないんだけれども。


 でも間違いは無い。見覚えのある紋が刻まれているのだから。


「は。心配するな。取って喰いはしねーよ。大体これを使えるのはテノールとお前だけだろうしな。俺に渡さないという選択肢はねぇよ」


 うそくさいなぁ。


 すっとテーブルから滑らされたそれはガタリと音を立てて床に落ちた。何かの罠かもと考えたが拾わないという選択肢しかなく、私はそれを拾い上げる。


 人が喜ぶことが何よりも嫌いというのに……なにか裏がありそうだ。剣を胸に抱えたまま私は警戒しながらマニフィスを見た。


「なんの、つもり?」


「なにも? 今回は利害の一致だろ? お前も、俺もアレを殺したい。そう言うことだろ」


 アレとはアドラーの事だろうか。いや、私は別に殺したいわけでは――一緒なのかもしれないが。と考えながら違和感を覚えて顔を上げていた。


 え。


「まって、殺したいの?」


 封印を解放して、どう考えても世界を滅亡に導くのは何がしたいのかと常々思っていた。昔から分からない人間であったけれど――何度も言うが『王』としては優秀だったのに。


「だったら世界はこんなことにはなって無いしな。強制的に戻されるのはもうごめんだ。同じ人間で、同じ人生。――何が面白いんだ? 記憶が戻ったなら分かるだろう? アイツも俺ももう終わらせる」


 言いながらマニフィスはゆっくりと立ち上がり、私の前に立った。私は背は低い程でもないが、マニフィスは普通より大きい。威圧を感じて一歩下がればすっと一歩素早い動きで詰められる。


 動悸が早くなるのは前回の記憶の所為だ――。ぎりりと恐怖を噛み殺して負けたくないと見上げていた。


 にこりと微笑んでいるマニフィスの目は笑っていない。


「何?」


 すっと伸びる手が私の首に伸び――。私は思わずぐっとその腕を掴んで止める。いや正確に言えば掴んだくらいでは止まらないのだが、マニフィスは寸でで止めたようだった。


「いや、苦しむ姿を見ればあれは現れるかと? 会いたいだろ?」


 不思議そうに言われても。軽く頭を抱えた。前回も同じことを言われたような気がする。で、それを丹念に実行されたような。


 結局、死んだんですけど?


 殺していいですか? なんか化け物だし出来ないけど。恐怖と怒りを吐き出して、苛立ちを覚えながらマニフィスの肩を抜ける。


 微かに手が震えているのは気のせいだ。


 大きな窓の側に立ち、もう一度だけ息を付いてマニフィスを見た。


「現れるはずないでしょう? それに、会いに行くからいい。貴方が願うように世界はここで『元』に戻して見せるから、そこで待っているといいよ」


 ふんと、小さく鼻を鳴らす。


「――かつての昔は怯えてたのにつまらん。まぁ、でも。アレの前で事を成すのも面白そうかもしれんな。どんな顔をするのか」


 すっと私の後ろにつかなくていいから。いや、来ないで。しかも手に持っている剣は何処から出したんだろう。ギラリと光っているんですが。


 ええぇ。この嗜虐嗜好(へんたい)


 諦めていないことが怖い。顔は見えないが、容易に表情が想像できる。奴は私を殺す気だ。アドラーの目の前で……。


 前も言っていたような。感情が無いアイツの顔を歪めるのが楽しみと……いやいやいや。


 ……えぇええ。


 平然とした顔を装い、心の中でガタガタ震えているとそれを打ち壊すように窓がしなやかな腕によって押され開いていた。


 暗い世界。ぽうっと一つの光が浮いている。まるで蝋燭の明かりのように。


 その下にいるのは――。


「へぇ――」


「姉さま」


 細い私と同じような顔の青年が私の身体に抱き着いていた。その背中に私の背中が破壊されそうになりながら呟かれた言葉は『洗いざらい説明してもらうよ』だった。


 それはもう、背筋も凍るような低い、低い声。でも心配に揺れる声に私は『ごめんね』となんでも弟の頭を撫でるしか無かった。



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