着地点
デリアスの辺境からフィゼルの首都迄はかなり距離があるはずだった。しかし私はそれほど歩いたという感覚が無かったし、現に歩いていないのだろう。魔術的――いや魔法科も知れないが――要素がかかっていたのかも知れない。兎も角として、細い道の出口を這い出せば暗い世界が広がっていた。
夜――ではあるのだろう。空を見上げれば厚い雲でもかかっているのか星などは見えなかった。
手から式を浮かせて光を作り出す。まぁ、不安定で蛍のように弱々しいのが偶に傷だけれども。
「どこだろう?」
フィゼルであることは間違いないはずだ。多分――。とりあえず街の中心部ではないことは確かだった。
這い出した井戸は古びている。覗き込めばもはやそこには古くかびた匂いが充満していて、とてももう一度入れるような気はしなかった。
視線をずらして、辺りを見回せば壁がある。大きな壁だが所々崩れ落ちて人が一人這い出せるほどの穴が開いていた。
……。
……穴があったら入りたいとはこういう事か。とおかしな納得をしながらよいしょと穴を潜れば、ふにと何かが鼻先に触れる。透明な何か――。触れればそこから微かに『式』が浮かんで消えた。此処から出るな。そう言いたげな膜がそこにあるようだ。焼き切ろうと『式』を描いて通してみるがどうやら私の力ではダメらしく、無効化して消えていく。
知ってたから。知ってたからね。誰に対してか言い訳を心の中で並べながら私は背中にあった壁を見上げていた。
ほへー。と声が漏れてしまうのは仕方ない。だって身長の三倍程度はあるようだったから……。
「城壁みたいだね」
……。
……。
一拍おいてから、そんなの城しかないな。と笑顔になってしまった。いや、バカすぎて。
まさか、直通だとは誰が思うんだろうか、これ。確かに戻りたいとは言ったけど準備というものがね必要だと……。『あの子』だってどこにいるか分からないのだ。
物理的にも心もとないし。うーんと考えて、『あ』と声を出していた。
テノールに押し付け――借りた剣を落としたはずた。多分マニフィスの腕を切り落としたときに――。テノールに殺されるのはもとより、あれが無いと『あの子』のもとにたどり着けないと聞いた。何しろ『鍵』なのだから。
……。
脳裏に浮かぶテノールの笑顔を思い浮かべて微かに浮かぶ冷や汗をぬぐった。
「とりあえず」
持っていた光を軽く浮き上がらせて、ふっと上に息を吹きかければゆらゆらと雪が空に登っていくように天に上がっていく。
弱い光だった。辺りを照らすことなんてもちろんできない。ある程度登ったところで式をもう一つ私は描いていた。その浮き上がった光で出来た小さな弓を引いてそれに向けて矢を放つ。もちろん弱々しく。何の攻撃力もない。ゆらゆらと揺らめいて弓と光がぶつかれば、一瞬だけパッと弾ける様な明かりが浮き上がる。本当に瞬きのようなひと時。余韻を残さずに一気に闇へと世界は飲まれていた。
でも――これで十分だと思う。
これだけでもはや疲労を感じる身体に苦笑するけれど。
これでも昔はここに住んでいたんだ。知らないわけがない。正規の道、使用人が通る細い道。秘密の通路まで――。前回は何一つ使う事の出来なかった無駄すぎる知識。それが今回生かされて少しだけ前回の私が報われる。そんな気がした。
この国の城自体はデリアスの大神殿のように大きくなく、どちらかと言えばコンパクトな方だろうと思う。間取りだって入り組んでおらず分かりやすい方だ。
ただ『上』に伸びているだけで。
階段に続く階段を思い浮かべて心が折れそうになったが、パンっと両頬を叩いて気合を入れる。正直、痛い。
でも、気合は入った。そんな気がすると、私はすっと前を見据えた。
「よし、行こう」
目指すは――私が寝かされていた王の私室。私は再び式を描き光を灯すとゆっくりと歩き始めていた。




