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偽物聖女は世界を救いたい(希望)  作者: stenn
変わりゆく世界

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邂逅

 薄い膜があった。薄いのに弾力があり、何人もそれを傷つけることは叶わなかった。どこか濁った幕の向こうは人々が足掻いているのが見える。この膜を何とかしようと。けれど。彼――マニフィスはどこか楽し気に目を細めていた。


 幕が無ければ――滅びるというのに。自身を滅ぼせば、この災害が終ると信じて止まない人間が滑稽だ。そのまま足掻けばいい。


 このままであれば、きっとまた世界は滅ぶだろう。


 『は』と馬鹿馬鹿しそうに息を付くと、バルコニーから身を翻す。薄暗い空の下カツンと響く靴音を聞くものはいない。


 人間なんて、もはやどうでもいい。


 自身がどうしてこうなったかも忘れた。繰り返しすぎたのかも知れない。


 終わらせたかった。すべてを。


 この繰り返す糞みたいな世界を。


 時間を進める。


 そのためには。


「見ているんだろう? どうせ。――聖王」


 部屋には精霊石が淡く輝いていた。この国の民が持つことなどできない、見る事も出来ない豪華な調度品が並ぶ部屋だ。静かな世界。チクタクと時計が時を刻む音だけが聞こえてくる。


 その広い部屋の中心。天蓋付きのベッドには一人の女性が横たわっている。


 長い蜜色の髪は絹のような手触り。同色の長い睫はピクリともしない。白を通り越して青白い肌。白いワンピースを纏い、手を胸のあたりに組んで眠っていた。恐らく誰もが『死んでいる』と言うほどの生命を感じない。辛うじて細い息をしているため、小さく胸が上下している。


 石のような冷たい頬に指を滑らしてからマニフィスは精霊石の隣に目を向ける。ふわりと意味ありげに揺れて、光は一点に収束していく。


 その光は一人の青年を映し出していく。まるで蜃気楼のように。


 実態ではない。それでも良かった。彼は嘲るように笑う。


「やっと、応じたか。聖王」


 当たり前だが正確には違う。だが、マニフィスは名前を知っているがそれ以外を呼ぶ気は無い。


「――つ」


 さらりと長い銀色が揺れる。前髪のおかげで表情など見えはしない。ただ、視線を女性――シャロンに向け、その口元を強く結んだことは気配で分かった。


「なんのつもり? 君。いつも何のつもりで封印を解こうとしているの?」


「は。封印を解かないとお前を殺せないだろ?」


 こんなことになっている元凶を。とマニフィスは笑う。その笑顔を髪の間から窺うように見ているのが分かる。少しだけ苛立たし気に見えるのはマニフィスがベッド脇に座っているからだろう。


 尤も。本気で感情をあらわにしたのは遠い昔一度だけだったが。同じ事をしても感情一つ大きく揺さぶれないだろうことが、何となくつまらないと考える。


「そう言うことではなく。封印を解けば、確実に」


「世界は滅ぶ」


 言葉を続けると微かに見える口元がぐっと結ばれた。


 だが、そんなことは今更だ。実際何度もあったことだった。


 マニフィスは口元を軽く歪めて、微かに責めるように聖王を見つめた。もちろん怯むことはなく見返している。


「? どうせ滅びるだろう。それが急激か緩やかの違いだ。このままどこまで行っても結局滅ぶし、行き詰まりだ。違うのか? だいたい人の――人類を慮る立場ではないだろ。お互いに」


「それでも僕は穏やかであれと思ってる」


 お前はそうだろうな。とマニフィスは苦々し気に呟いていた。驚くこともない。人を護るのが『聖王』と呼ばれる者たちの性分なのだろう。まぁ、マニフィスにとって馬鹿馬鹿しいのこの上ないことだが。長引けば長引く程に重なる死体は増えるのに。


 大体この城を覆う膜を作っているのはこの『聖王』だ。正確に言えば聖王ではないが、マニフィスにとっては聖王でしかない。かつてあった面影は薄く、今では別のものになり果てているようである。


 それはこの城に一人残されたマニフィスも同じであったが。マニフィスはゆるりと身体を翻すと、豪華なベッドの脇に腰を掛けていた。ピクリと痩せた細い肩が揺れる。それを身ながら横たわる少女を覗き込んだ。


 整った横顔は安らかで。その目を開けてほしいとは思わない。一度だけ冷たい頬に手を滑らせてから聖王に視線を向けた。


 にっと挑戦的に笑う。


「それに封印を解けば、お前に会えるじゃねぇか。一回殴りたかったんだよな。本当に。こんなことになった落とし前を付けたくてな」


 落とし前どころの話ではないのではあるが。明確に殺意が籠って爛々とその双眸が輝く。それをぼんやりと聖王は見つめていた。


「聞いたぞ。お前を殺せば世界は正常に流れると――」


「僕を殺す? 出来るはずがないのに? 僕の元まで辿りつけないのに?」


 たどり着いたことすらないのに? 嘲った様子もなく、淡々と現実を言う。


 確かに。『人間』では――否。人間であってもたどり着けない。あの封印の前には『毒』が渦巻いているのだから。


 この場にいる怨妖を濃縮したような――毒。


 ここでマニフィスが無事なのはもはや人でないからだ。そしてシャロンには常時触れられないように結界が展開している。誰の仕業か、それは言うまでもないだろう。マニフィス自体は魔術がそれほど得意ではないのだから。


 聖王を一瞥してからシャロンに目を向ける。


「だから、この娘がいるんだろう?」


「――誰から?」


 聞いたの。


「……お前でないお前から」


 正確にはその『聖女』からだ。今回現れた不確定要素。ただ、あの聖王の寵を得るためだけにある愚かな女――。もしかしたら、神もこの繰り返される状況に飽きてきたのだろうかとマニフィスは笑う。


 神など嫌いだが今回ばかりは少しばかり信じてやってもいい。と思う。


「いい加減。終わらせような。俺もお前もさ。分かってるだろう? 俺が俺である限り、お前がお前である限り、同じ行動しか取れないって。何度繰り返しても――未来は同じだったろう?」


 何かを言いたげに口を開いて、飲み込む聖王。恐らく違う言葉を発したかったのだろうが、その形の良い唇から漏れ出したのは違う言葉だった。


 低く小さく苦々しい。それが苦しい言葉だと自分でも知っているような。


「繰り返した先にはきっと違う未来がある」


「は。言ったろ? 俺たちは俺たちである限り、未来は変わらない。――例えば、この女に干渉することを止められるのか? は。無理だろうな。『あっち』は兎も角。お前が干渉する限り世界は変わらない。それでもって、俺も無理だ。お前を引き摺りだすためにはどうしてもこいつがいるから」


 どちらが先かはその状況によって変わるが、何度だってそうしてきた。


 変わらない。自分たちが変わることが出来ない限り。そして、それは難しい事をマニフィスはもう分かってしまっていた。記憶を思い出さなければ良いのだろうかとも思うが、思い出さなかった試しはない。


 聖王は暫く何の反応もせず、マニフィスを見つめていたがやがて静かに口を開いていた。


「……僕は信じているし、シャロはそれを選ばないよ」


 信じているとは思えない、何処か弱々しい言葉。それならば、と口を開きかけたが、その言葉に被せる様に声が響き、マニフィスの身体に鈍い衝撃が走るのを感じた。


 ごとりと落ちるのは――腕だろうか。


 俄かには信じられず見つめている場合ではなく、腰に下げていた剣を右手のみでスラリと鞘から引き抜く。


 刹那――。


 鉄同士がぶつかる甲高い音と共に正体を知ることになる。


「大丈夫だよ。すぐ、助けてあげるから。私がそこから出したげる。まってて」


 精霊石の明かりの元。蜜色の髪がふわりと揺れていた。緑の双眸が光に照らされて爛々と輝いて見える。強い意思を映しこんだかのように。


「あのね、だから。泣かなくていいと思う」


 さらりと流れる髪から覗く銀色の目が零れるばかりに見開いていた。微かに声を紡ごうとするが、何も声には出さない。ただはくはくと小さく唇が動くばかりだ。シャロンはにこりと笑うと手を伸ばそうとしたがそこから小さな粒子となって崩れ落ちていった。



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