兄弟
一週間に一度の更新なのに・・・事情があり現在書き進められなくて(-_-;)
頑張るけれどいつか落とすかもしです。
その世界は既に地獄と化していた。人々は逃げまどうが何処にも安全な場所などない。凍り付いた暗い世界には腐臭と異臭が漂い、蠢くものは人でない『何か』だ。
閉ざされた世界に救いなど、ない。
ひっそりとした街。淡く灯される街灯の下で彼は走っていた。
――あまり体力はないのに。と心の中で毒を吐いてからダンっと近くの壁を蹴ると身体を反転させ宙に跳ねる。遅れて跳ねる外套が粉々になったのは同時だったか――。はらはらと落ちる蜜色の髪を目にしながら舌打ち一つ。足が地面に付かないまま、彼――シュガーは術式を展開させて光の弓を取り出した。魔術である。
とんと足が地面につく。それと同時に弦を引き目の前の『それ』に鋭い矢を放つ。逃げる隙もない。光の矢はいくつも分裂して雨のようであった。
見ている分には死体蹴りとでも言うのだろうか。
色々なものを巻き込むような鏃の雨に出来た空気の流れはふわりとシュガーの蜜色の髪を巻き上げた。白い肌に浮かぶのは頬の汚れ。それを乱暴に拭うと緑の双眸がもはや原型をとどめていない『それ』に注がれる。
「跡形もなく、消えろよ」
「ぁあ。貴重な食料消し炭にしたんだなぁ。お前」
「クラベル兄」
ずるずると黒くて大きな物を引き摺って歩いてくるのは一人の青年――クラベルだ。『よ』とへらへら笑いながら手を上げていた。筋肉と言う筋肉が成長してしまったクラベルは二年前よりも別人に見えた。
違う区画で怨妖を狩っていたはずだが、終わったのだろうか。そんな疑問を持つとにかっと笑う。
「あぁ。多分ある程度はな。俺の所はそれほど強ぇのがいなかったし。人型くらいは現れてもいいと思うんだけどなぁ?」
「それで倒されれば、クラベル兄が敵になるんで勘弁して欲しいんだけど」
もはや世界でクラベルを倒すのは難しいんではないかとシュガーは考えている。いや、ほとんど家族の欲目ではあるが。少なくともシュガーが勝つのは無理だ。魔術と剣。両方むをまんべんなく使える者はそうはいない。ただし、戦闘特化なのでそれ以外なら誰でも勝てるかも知れない。
「修行が足りねぇんだよ。んな事より。城に入るのはまだダメか?」
言いながらクラベルはこの国の中心だろう所に目を向けた。そこには城があるはずだ。二年前――。人的に――各国の魔術を駆使して首都を閉じ込めたこの場と違って、薄い卵のように自身を閉じ込めたような城。その中に何人も入ることは出来ない。
であるので、祖国から『王を討て』と命令が出ているが無理な事だった。大体どうなっているのかも分からない。
だからって手を何もせず拱いているわけには行かなかった。まずシュガーがしたのは分析。大々的な魔術――というかもはや魔法のレベルで『式』が刻まれている。しかも常時膨大な魔力を流しているのにそれが弱ることはない。いつかは終わりが来るものなのに――。
式を読み解こうとすればこれがまた難解で古代文字に似ているが異なるものに苦労した。それを少しでも読み解けたのはテノールが冷やかしに時々遊びに来るからだろう。――邪魔なのではあるが言ったところで無理があるため諦めている。それにこのように役に立つのだから。
その上で、小さな穴を穿つことに成功はしているのではあった。
あとは、大きく広げることだろう。――尤も穴を維持するだけで難しいのではある。
「う、ん。多分もう少しだと思う」
「そか、さすがだなぁ。ははは。俺の弟はやっぱ天才だ。俺は頭悪くてさ出来ることはあんまねぇし、妹を救う事すら出来ねぇ。でも何だって言え。兄ちゃんが出来ることは死ぬ気で叶えてやる。死ぬ気で守ってやっから」
昔からそれこそフィゼルで討伐隊に居た頃から変わらない。クラベルは未だにシュガー達姉弟を護るべき者と捉えているのは明らかだった。思えば年齢などそれほど変わらないというのに。照れ臭い様な悔しい様な。むず痒さを覚えてシュガーは口を開く。
「――つ。それはこっちの台詞だろ? んなことより。本当にもう少しなんだよ。どうにかなれば」
少し考えて、もう力技でよくないなどと馬鹿なことが浮かんだのはやはり姉弟の血なのかも知れない。
焦っていた事もある。シュガーは太陽の見えない薄暗い空を見上げた。夜でもないのに暗い。もちろん星も月も見えないのが不気味だ。
二年だ。
シュガーは視線を街の中心に向けてずらす。魔術でできた淡い光を手の上に浮かせて、軽く投げた。もちろんその光は届くことはないだろうが、ゆらゆらと揺らめいて街の奥に消えていった。それを仄暗いをしたシュガーの緑眼が見つめている。
「あの野郎。絶対殺してやる」
意識を失くした姉を閉じ込め世界を混乱に至らしめた王は許しはしない――とシュガーはぎりりと奥歯を食んだ。
そんなシュガーの耳に届くの『は』と軽く息を付く音。『気負うなよ』とクラベルは朱がの肩に手を置いた。その顔は笑っているのに笑っていない。平気そうに見えるが二年前クラベルの突進特攻を止めたのはシュガーである。
平気ではないのだ。
「今日も行くんだろ? 俺も行くよ。何か出来ることがあれば良いんだが。おい、誰かいんだろ? あぁ。エリギス。浄化とこれの捌き宜しくな」
先に来たクラベルを慌てて追ってきたらしい年若い神官――エリギスは『うげぇ』と嫌そうに声を上げている。この二年で新しく採用された神官で修行もそこそこ最前線に送り込まれたのはご愁傷さまとしか言えない。怨妖の遺体にしり込みしている神官の横で小さな少年がひょこりと顔を出していた。可愛らしい少年で十代前半にも満たないだろう。
こちらは見習いの神官服を来て修行中がよくわかる出で立ちである。神官は一人の神官を師とするがエリギスの弟子だ。まぁ――押しかけと言ったほうが正しいのであるが。
小さな手が大きな怨妖の足を奪い取る。へへんと自慢そうに胸を張る。
「捌きはオレがするよ。得意なんだぜ。聖女姉さまに教えてもらったから」
「トト」
聖女様の為に――この場合の聖女はもちろんシャロンである――何かしたい。無事に傷を治されてデリアスに戻ったトトは両親にそう言った。聖女を助けるためには神官だ。そうたどり着いたらしく、神殿の門を自ら叩いた。ついでにトトの後に付いて行こうとしたがネネは両親に全力で止められている。
本来は学校に通いながら神官を目指すものである。しかし未曽有の神官不足。元々魔術を扱う才能はあったらしくいろんなことをすっ飛ばしてここに居る。尚教育――あるいは命――を任されているエリギスの胃は穴が開きそうだった。彼自身も学校を卒業したばかりなのだから。
顔色悪く困惑気味にエリギスが口を開く。
「ここは危ないと何度言えば。救護院で皆さんの救助を」
「大丈夫だよ。兄ちゃん達強いもん。ねー」
「なー」
これはクラベルである。ニコニコと同調する二人にエリギスは頭を抱えた。『仲いいな、おい』とシュガーは何となく孤独を感じたのは気のせいである。こんな世事に子供らしいのは恐らくクラベルが全力でトトを守っているからだろう。それでも所々大人びた表情をするのが寂しいが。
こほんと咳払い一つ。
「兎も角。浄化をするのでもう行ってください。トト。その獲物は後ろの大人に渡して僕を手伝ってくださいね」
「へぇい」
『はい』と返事をなさい。と言われて『はい、はーい』と不満そうに言いながらずるずると後ろにいた区画の住人に渡している。何やら二、三話て小さな包み紙を貰ってほくほくと走って帰ってきた。そのままピタリとシュガーとクラベルの前に立つ。
えへへへ。と笑ってシュガーのを取るとパラパラと色とりどりの包み紙を落としていた。
「飴貰ったんだ。兄ちゃんたちにも。あと、聖女ねーさまに渡してくれる?」
起きて、シャロンを呼びながら泣き叫んでいた少年は真っ直ぐに意志の強い目でシュガーを見つめていた。それはまるで託すような視線だった。
「オレはここで出来ることをするんだ」
一緒には戦えないけれど。と聞こえる気がして、シュガーは口角を軽く上げてふわりと柔らかで温かいトトの頭をぐりぐりと撫でた。
「――もちろん。そうしたら皆でデリアスに帰ろうな」
「うん」
パッと顔を綻ばせる。それは子供らしい笑顔だったのだが――。次の言葉で一気に曇る。
「でも。姉さまは俺の姉さまだから」
自慢げに言うシュガーに『シスコン』などと突っ込むものは誰もいない。そして子供と競うなともエリギスは言えずあきれ顔で見ているしか無かった。『やばいな、こいつら』などと寛大な神官らしくない事を思っていたりもする。
「は?」
急いでいるのに『妹だから。俺の』などと言うクラベルの面白がる横やりも相まって喧々囂々。謎のくだらない議論が暫く続くのを周りの人間は冷たい表情で暫く見ていたが、馬鹿馬鹿しくなって解散していく。であるのでその終わりを見たものは誰も居なかった。




