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偽物聖女は世界を救いたい(希望)  作者: stenn
変わりゆく世界

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鍵の剣

 ――フィゼルの王を。


「そっか。フィゼルの王をやっちぇぱ良いんだ」


 会話を最後まで聞くことなく、私の見ている景色は流れていく。もう少し二人を見ていたかったのだけれどどうやら私の意思とは関係ないようだった。


 一瞬だけ聖女と目が合ったそんな気がしたが、すぐに聖女も空間に描き消えていく。なんだか嫌な視線だったのは置いておいて。


 問題はどうするべきかだよね。


 ……。


 ……って。ここどこだろう。


 当然洞窟の中ではない。見覚えのある造りをした部屋と言うより広間で天井は軽いアーチを描いている。その天井を支えるのは石柱で、その石柱の表面には何かの一節の様な絵が彫り込まれている。ただ、相当年月を経ているためなのか所々剥がれて地面に落ちていた。指で軽く撫でるとパラパラと音もなく崩れる。振れるのを諦めて辺りを見回していた。


 どうやらここは捨てられた神殿のようだ。何時頃から建っているのかは分からない。大きな窓枠にはガラスも窓を閉める扉もない。残滓のような朽ちた木枠と釘が転がっていた。視線をずらし、祭壇の方を見てみるとそこには像などはない。朽ちた様子もないので恐らくここを破棄するときに移動させたのだろうか。その代わりに天井から伸びた木の根っこが占有していた。太い木の根は一体いつからここに在るのか。それこそが神像のように見えた。


 もしかしたら人間がいるよりも神聖かもしれないなぁなんて何となく考える。


 はぁ。と息を一つ吐いてから私は祭壇の前にぺたりと座りこんでいた。


「にしても。フィゼルに戻るって言っても此処がどこだか分からないしなぁ」


「何処って。私のお家だけれど?」


 ……。


 ……?


 目をごしごし擦ってみる。


 確かに隣にいるのは見覚えのある青年だ。暗い髪と暗い目の美しい青年。にこりと笑った彼――テノールは腰を屈める形で私を覗き込んでいる。


 サラリと艶やかな黒い髪が落ちた。


 やはり――テノールは何処かアドラーに似ている気がする。


「テノール?」


「ご名答。ふふふ。お久しぶりね? とは言っても。私もお姫様も時間なんてもはや関係ないわよねぇ」


「私が見える?」


 言えば『失礼ね』と鼻を鳴らす。


「当たり前でしょう? 見えないのは無能だけだと思うわよ。そんな姿になってまで……うーん。可愛いのかしら?」


 失礼はどっちなんだろ。私への疑問形はさておき。


 無能。その言葉がアドラーに向けられている気がしたのはアドラーが私を見ることができなかったからだろう。


 いや。私無能とか思ってないしぃ。


 見てほしいとは少しだけ思ったけど。と言う愚痴を振り切ってテノールを見た。


「そんなことより、ここどこですか? あの、私。フィゼルに戻らないと」


「フィゼルに? なぜ?」


「あの。今、世界って大変な事になっているんですよね? フィゼルの王様を斃せば何とかなるって聞いて」


「斃すねぇ――それで?」


 その身体で。と付け加えられればぐっと押し黙るしかない。忘れていたけれど『死んでいるらしい』ので仕方ない。手も身体も私から見れば透き通っているのだし。不思議だ。


 私はここに居るのに。


 どうするか。と考えてパッと顔を上げる。


「呪い殺すとか?」


 ……うわ。


 表情が抜け落ちてる。その上で綺麗に笑うものだから怖い。怖すぎる。苦し紛れに適当な事を言った私も悪いけれども。


 テノールはふうと一つ息を吐いてから立ち上がって、窓枠に腰を掛けていた。憂いを帯びた表情。窓枠を伴って絵画のように見える。


 黙って座っていれば絵になるのだ。黙っていれば。ちらりと私を見て、テノールは『見惚れているの』と問い笑う。


「兎も角、現状として、お姫様に出来ることは何もないと思うわ。あの男を斃す事も出来ないわよ」


「でも――このままでは」


 私は目を伏せていた。


 このままでは。世界が怨妖によって飲み込まれる。皆、皆頑張って生きているのに、私には何もできないことが悔しかった。でも何か打開策があるとすれば『呪う』ぐらいしか思いつかなくて。頭の悪さも泣きそうだ。


 きゅうと拳を握る。


「……皆困るし。私だって何かしたくて」


「みんな、ねぇ。世界でも救いたいの? 私すら斃せないのに? 倒せて精々小物の怨妖くらいなのに? たかが人間の小娘。何も力はなくて、もう体すらないのに――いや、身体があっても何ともならないわね」


 あざ笑うような言葉の刃がざくざくと心を切り裂いていく。まぁ確かに弱いけれども。弱かったけれどもそこまで言わなくても。


 ……あれ?


 小物を倒せるだけでも凄くない?


 私は顔を上げていた。


「なら、国の回りで警備を――」


「……随分目標値が下がったわね?」


 一拍の沈黙。その後で呆れ顔で言われてしまったが、出来ることがこれしかないなら頑張るしかない。フィゼルの王を何とも出来ないのは残念だけど。


 出来ることが見つかって、ほくほくとした顔を私はテノールに向けていた。『うわ』ってなに?


「出来ることからコツコツと。国の周りの雑魚だけでもアドラーが助かるし」


「あぁ。それ意識して言ってるの? 言ってないよね? そして。結局そこに行きつくのね。お姫様は何度でも。心底――呆れたわ」


 苦笑を薄く浮かべられる。呆れられていると言うよりは『困った』ような顔だとは思う。


 窓枠からテノールは離れ、空間に手を翳した。羽根が空気に震えるような低い音と共に、空間―に『式』が描かれて淡く消える。


 何を――と見ていれば、その滑らかな手には一振りの粗末な剣が置かれていた。何の飾り気もない。青い宝石が埋め込まれている事ぐらいだろうか。


 すっと足を進めると私の前に立ってそれを渡してくる。


 実体がないのに、手に触れる感覚も重さもあるのはどう言う事だろうか。しかしながらその重さも次第に消えて、程よい重さになって行くのは、恐らく魔術によるものなのだろうと思う。


 魔術って便利だなぁ何てぼんやりと考えて口を開く。


「これは?」


「私の愛剣よ。大切になさい。欠けたり折ったりしたら呪うわよ? こっちは本当に」


 ……笑みが怖い。本当に地の果てまで追ってきそうで私はコクコクと頷くしかない。返品――と言いかけてみれば『は?』と圧を返されたので有難く借りるしかないようだ。


 所謂押し貸しと言うやつでは?


 にしても。宝石に見覚えのある紋章が……。これは国宝レベルで――いや。考えないでおこう。気付くと碌な目に合わなさそうな気がした。


 頭の隅に思考を追いやり、一度だけ軽く凪げば、軌道を描く鱗粉のようなものが追随する。明らかに普通の剣ではないことは確かだった。『ひっ』と言う言葉を口から漏れ出るのを押さえた私は賢い気がする。


「こ、これだったら戦えそう。ありがとうございます」


「私だって愛剣だもの。手離したくないわよぅ。でも、それが無いと、『門』は開かないから」


「門?」


 私の問いにゆるりとテノールは視線を向ける。その整った顔には表情が乗っていない。そんなテノールはまるで人形のようだ。


 不気味に黒い双眸だけが昏く輝いていた。


「……フィゼルの王が封印を解放したとことは知っているかしら?」


「あ。はい。さっき神殿で聖女様が――」


 『あの性悪』と無表情のままごく自然に口元が動いた気がするんですが、気のせいだろうか。気のせいだろう。きっと。


 聖女だし。


「そ。でも正確には綻んで漏れ出したけで、まともには解けてないのよ。それでその剣は封印を解くための鍵ってわけ」


 ……。


 ……。


 一拍。


 ちらりと剣に視線を落として再びテノールを見た。


「捨てても?」


「あはははは、殺すわよ?」


「えぇ?」


 これをどうしろと?


 ばい菌を持っているような持ち方をしたのはワザとではない。とりあえず摘まんで可能な限り身体から離すという技を披露するがぐっと刀身を持たれて胸に押し付けられる。


 『殺す』みたいな圧に泣く。


「わ。私は封印を解放して世界を滅ぼしたいのではなくて。それに国境警備が――」


「フィゼルに行きたいんでしょう? それがあれば根本的に解決するわよ? 身体も戻ってくるし、根本を何とかすれば怨妖も居なくなる。皆の役に立ちたいんでしょう?」


 そうだけれども。


 怪しい。世の中にそんなうまい話は無いはずであるし、テノールはどうも信用できなかった。助けてくれるけれども、出会いを思い返せばなおさらである。


 じりりと一歩下がってしまう。信じられていない。そう思いいたったのだろうテノールは『もう』と小さく苛立たし気に呟いてから黒い髪をかき上げた。


「身体が向こうにあるのは本当よ。ちよっと面倒なところだけど。何とかなる。私は入れないけれどそこまで送ってあげるわよ。ま、その前に記憶を引き上げるわ。その上で鍵を使うかどうか考えなさいな」


「きおく」


 パッと目の前に広げられたのは掌でそこには淡い『式』が浮かぶ。それはすっと私の額に入り込み溶けるように消えていった。


 幽霊なのに、眠い事ってあるんだ――。


 ゆらり、ゆらり。揺れる視界。ぽとりと足元で剣が落ちるのを遠くのことのように聞いている。意識を手放すまでそれほどには時間はかからない。


 崩れ落ちた私の空気のような体を支えたのはテノールで。透けているのに支えられているのって面白いと笑って見せれば軽く眉を跳ね上げられる。その後で軽く無脱力する肩。


 『これ、私多分殺されるわね。本気で』苦笑交じりに彼はそう呟いていたのが耳元に届いていた。


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