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偽物聖女は世界を救いたい(希望)  作者: stenn
偽物聖女

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危機

 こつりと響く音に私は顔を上げていた。何処か聞き覚えのある低い声。けれどそれは総毛立つような気持ちの悪さを感じる。


 視界に入るのはまるで冬を纏ったかのような男だった。まだ若いというのに、雪のような白い髪。目の色は青い水を凍らせたかのような水色であった。肢体は滑らかで肌は白い。整った顔立ちだが、精悍であり、それは男性らしいものだ。ただ、自身が纏う色とは正反対の黒を纏っており、赤黒い外套がはらりと揺れた。


 男は椅子――王座にゆったりと事を掛けると長い脚を組んで私たちを見下ろしている。冷ややかな双眸は何かを見極めているようにも見えた。


 ……その視線が何となく嫌だ。


 フィゼルの王――マニフィス・フィゼル・オーラス。シュガーに予備知識として聞いたところによれば、三年前に混乱ばかりだったこの国を纏め上げた王家の傍系。滅ぶばかりの国を立て直した凄い青年らしい。立て直したのは疑問が残るが……前よりはマシだとそう言えば街の人が言っていた気がする。


 それにしても前回もそうだっけ。と考えて――思い出せなかった。まぁ、怨妖絡みを除けば大体の世界の流れは変わっていないのでそうなのだろう。きっと。


 頭痛が増すような気がして考えるのを放棄したというのもある。


 ぼんやりと見ていれば、不意に口元が軽くほころぶように見えて、目を見張る。


「久しいな」


 ――?


 気のせいだろうか。口元で紡いだ声が聞こえたのは。『え』と瞬きを繰り返してみれば、無表情。氷の彫像のような不気味な顔があるだけだ。


 気のせいかな。


 気のせいだろう。当然だけど、人生のどの場面を思い返しても其れらしい記憶は何も出てこなかった。


 そんなことを考えていれば――姉さま。と小声で嗜められて私は慌てて頭を下げていた。よく周りを見れば、私とテノール以外は綺麗な角度で頭を下げていた。


 ついでにテノールは頭を下げるつもりは毛頭ないらしい。耳を軽く指で掻いた後で、じっと王様を見つめているようだ。


「おっそいわよ。待ちくたびれてこの子たちを連れて帰ろうと思ったわ。いい男なのに遅刻なんて嫌われるわよ」


 『チ』と音にならない隣から音で舌打ちが聞こえてくる。周りからは『何だこいつ、不敬か』などと言う気配。誰かが剣を持ち直す音が聞こえたが、テノールは当然のごとく気にしない。それを気にしないのはどうやらテノールだけでもないらしく『はは。許せ』と王は特に激昂する様子もなく笑う。


 まるで旧知の仲のように。


「我も忙しいものでな。さぁてと、神官と娘。楽にするがいい」


 頭を上げて良いと言う事だろうか。私は恐る恐る頭を上げていた。横ですっと一歩だけ前に足を踏み出しシュガーが凛とした――余所行きの――表情で言葉を紡ぐ。さすが我が弟。かっこいい。


 ついでにテノールははなから『楽にしている』ので、言われない。


「……陛下におかれましては――」


「は、口上はよい。話は聞いておる。娘。今回の活躍、大儀であった。その身体に変化はないか?」


「あ、はい。お陰様で?」


 少し気持ち悪くて頭が痛いが別に訴えるものはないだろうとは思う。これが終れば帰ることができるのだし。ちよっと不整脈も増したような――。


 き、気のせいだと思いたい。


 頑張れ。と言い聞かせながら心の中で奮起する。


「ふむ。良いことである。さて、神官よ。報告によれば、娘の力はそれほど無く、あの大魔術を行使するには不可能とあったが、相違ないか?」


「は。シャロン・ハーバリストの魔力数値は一般人よりも少し劣るぐらいで、あの魔術を行使するのはとても。であるので貴国の利益にはなりえず。今後の観察として我が国にお返し願いたく存じます」


「……ふむ」


 王は考えるようにして私を見、テノールにその視線を向けた。


「しかし、封印と接続できるのであれば、我が国にとっても利となるが?」


 封印とはなんだろう。答えを求めてシュガーに視線を向けたが『しらない』と言いたげに肩を竦めた。


 でも何となく、嫌な響きに感じたのはなぜだろう。背中がぞわりとするような。


 知っていそうなテノールはふんと鼻を鳴らしていた。


「上手くいけばこの国どころではないでしょう。私はどうでもいいけれど」


「はは。我は昔からこの国に生きてるものでな。まぁ、利となるかは実際に視てからした方が良かろうて」


「――あの、褒美では?」


 シュガーが嫌そうに眉を顰めると『見なければ分かるまい?』とだけ言う。王は長い指をぱちんと鳴らした。それに呼応したようにどこかで蝶番の扉が開く音を聞きながら――そんなのは意味がないのに、と思う。だって使えないのだから。そんなことすぐに分かってくれるだろう。


 ぼんやりと早く帰りたいなぁと考えていた。


 のんびりと、構えられるのはそれ迄だった。


 視線に飛び込んできたのは――傷だらけの見覚えのある少年に息を飲む。


 トトだ。


 震える双眸の焦点を無理やり合わせ、わななく口元を結ぶ。視線の先には冷たい、酷く冷たい双眸が輝いていた。



 ――早く治せ。低く、低く冷たい声が脳裏に響いていた。


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