余命宣告
――夢を見た。いや、夢なのだろうか。これは恐らく、前回の記憶。
思い出したくもない、一人であった終わりの記憶だった。
『この国の王様が姉さまに会いたいんだって』
そう苦虫を潰したような顔で、不機嫌に言ってきたのは丁度三日前の事。救護院を出た日の翌日だった。こっちは病み上がりなのに行きたくないと駄々をこねるわけにもいかず――下手をすれば国際問題かも――私はほとんどこの国の兵士に拉致られるようにして『中央府』に連れてこられていた。
直前にトトとネネは今まで通り食堂のおばさんに宜しく言っておいたので大丈夫だろう。賢い子たちなので、おばさんを困らせることもないだろうし、手伝いもきちんとこなすはずだ。別れる時に多少ネネが愚図ったが。退院したと思えばまた行くのだから仕方ない。
私だって寂しいが、それ以上に憂鬱だった。
あぁ。帰りたい。
大体夢見が悪くてほとんど寝ていないし。頭が痛いし。治ったはずなのに、折れた骨がじくじく痛む気がするし。
過度なストレスな気がする。
私はソファに座りこんで辺りを見回していた。
待機室とでもいうのだろうか。それでも隙間風が入る我が家よりは広くて豪華だ。ソファも柔らかくて、出されたお茶も出がらしではない。ただし、味なんて微塵も感じられなかったが。
コンコンとドアを叩く音に返事をすれば、入ってきたのはシュガーとテノールだ。二人とも神官の服が良く似合う。神官と言うよりも、シュガーは物語の中に出てくる王子様風味で、テノールに至っては天使がそのまま降りてきたという記述がしっくりくるようであった。どことなく――アドラーにその雰囲気が重なるのは気のせいだろうか。
にしても。なんでいるんだろう。本当に謎だ。
「あら、可愛い? 馬子にも衣装ね」
なぜ疑問形なんだろう。
ついでに私はピンクと白のグラデーションで作られた生地のドレスを纏っていた。胸とお尻がごそごそしたので急遽背中で纏めてリボンで止めてあったりする。まぁ。ボロボロの擦り切れた服ではダメだという事なのだろう。
ついでの化粧にシュガーは眉を顰めて、ごしごしと布で拭く。手慣れた手つきで近くの化粧箱を引っ張ってくると慣れた手つきで私に化粧を施していった。
……頑張ったのに、気に入らなかったらしい。
「地味ね?」
「姉さまはこれくらいが丁度いいんだよ」
「……まぁ。うん。そうね。貴方たち基本同じ顔っていうの分かって――いや。なんでもないわ」
鏡を持ってきてもくれないので正直どうなっているのか分からない。気難しい顔をしたまま、シュガーは私の髪に取りかかっていた。
何という事でしょう。纏めただけの髪は魔術も駆使されフワフワと可愛らしくアップされていく。
「そんなことより、調査結果を説明してくれたのにどうして私呼ばれたの?」
あの後私の魔術の痕跡まで調べたらしい――どうやるのかは分からない――が当然とも言うようにそれは僅かだったらしい。であるので私を呼ぶ意味はそれほど無い気がするのだけれど。
早く帰してあげたい。
「一応姉さまのおかげて首都から一時期怨妖が消えたからな。その礼も兼ねているらしいけどさ」
出来上がり。そう言って最後にシュガーは私の頭に簪を刺した。この部屋に用意されていたものではなく、シュガーが持ってきたものだ。どこかで見た小さな白い花があしらわれているもので、一つだけ青い宝石が揺れている。
「あら、可愛い」
「ええと、増幅器?」
見抜かれるなんて思っていなかったのだろう。私が訝し気に言うと、意外そうにシュガーは眉を跳ねた。増幅器として使わなければただのアクセサリーでしかないのだから。
「まぁね。姉さま無いと困るだろ?」
「それほどは」
何か使い道があった様な無かったような。試しに式を浮かべて魔術を練るが、一瞬だけ光って――消えた。しかも空気の抜ける音付きで。
えぇ。と心の中で困惑するしかない。
初期魔術『光』を出そうとしたんだけど……。
あ。そこ。貯め気味で『へった、くそ』とか言わない。しかも半笑い。シュガーに至っては『だよな』と言う顔でほぼ無である。
増幅器はピンからキリまであるが、どんな増幅器を使ってもこれは変わらなかった。一瞬の爆発力が違うくらいだろうか。
多分――いいものだという事は分かる。高かったことも。
「ふふふふ。それでよく聖女名乗れるわねぇ」
名乗ってないしっ。恥ずかしさで涙目で睨んだが気付かれていなかった。
「し、シュガー。今すぐへ、返品を」
「あ゛?」
なんで凄む。高いなら返品でいいじゃん。一番低級な増幅器で十分だと思う。思うんだ。我が家は生活費を出してもらっているとはいえ、裕福ではないし。私のお財布で帰るのは低級だけなんですが。
「まぁ。ダサいから捨てたいのは分かる。俺だって速攻で捨てたい。けど、今はダメだ。ここでは何かあるか分からないし。それしか俺は今持っていないし。……くっ。それが無いと、いつも見ていた姉さまがどこにいるか分からなく――」
……ん?
慌てて口を噤んでいる。そのまま気まずそうに視線をずらせてからいそいそと道具箱をぱたんと閉じた。何事もなかったように『よし』ってなんだ。
「まって?」
いろいろ不穏なんだけど。まって。こっち見ようか。
「準備が出来たとちょっと報告してくる。長々と待たせてるから」
「いや、シュガー? まさかとは思うけど」
いつもってなに?
「じゃあっ」
素早く、シュガーは強張ったままの顔で『あ―忙し』と言いながら立ち上がる。そのまま止める間もなく部屋から出ていった。いや、何処をどう見ても後ろめたいことがある其れなんですけど。
制止しようとして上げた手は手持ち無沙汰で軽く宙を握ってから、だらりと落としていた。ちらりと視線を上げれば、可哀相なものを見るような目で私を見つめる視線がある。
同情要らない。
少しの沈黙の後でテノールは口を開いていた。
「まぁ。ストーカーねぇ」
「ま、まだきっと姉の居場所知りたい子供なだけだし」
きっと。多分。色々あったから、私たちは。今回の事で不安になっているのだろう。うん。きっときっとそうだ。
まさかストーカーとかしてないと信じたい。漏らした『いつも』が気になりすぎるけど。何してるんだろう。あの子。
「……大きな子供ねぇ」
「はははは――はぁ」
なんだか連日の寝不足も祟って凄く疲れた気がする。このまま誰にも会わずに帰って怠惰を貪りたい。貪りたいが――そうもいかないんだよねと悲しくなる。
はぁと息を付くとぱちんとてを合わせる音に私は顔を上げるとテノールがニコニコと笑っているのが見えた。
「まぁ、そんなことより。私、お姫様に言いたいことがあってここに来たんだったわ」
「え?」
――貴方の寿命はあと一年も無いわよ?
それはいい笑顔で今、言う事ですか?




