怨妖狩り
私たちがいるフゼィルという国は深い森に囲まれていた。小さな国で産業は当然の様に林業。ただ、冬の寒さは厳しく仕事に出れないほどに寒さに凍える国だ。森には怨妖が住み着きたびたび人々を襲う。国の中枢は腐り切っていて――。まぁ、その辺は関係ないからいいとして。兎も角として、貧しいと言う事。そんなフィゼルで私たちは隣国デリアスとの国境沿いの森で怨妖狩りをしていた。
冬が近い。刺すような空気がむき出しの頬を貫いていくようだ。
暗い森の中。空を見上げれば薄い光を宿した月がぽっかりと浮いている。どこかで見たような光だなとぼんやりと考えて私は思考を切った。
腕に付けていたブレスレットが軽く光ったからだ。正確にはそこに埋め込まれた青いガラス玉ではあるが。
「姉さまっ! そっちに言った」
ノイズ交じりの声が響く。
このガラス玉は『魔力』を増幅させるものらしい。魔力は空気から魔力素を取り出して使うための力であり、魔力素は様々な力を行使することができると習ったけど。うーん。分からない。奇跡の要素が空中に漂っていて、その軌跡を行使――魔術と一般的に言う――することができる力と私は認識してる。
なるほど凄いな。この世界。前回は無かったものなのに。
恐らく怨妖がいることで生まれたものだとは思うのだけど……。ちなみに誰にでも在るもので私にも在る。
爪程度だけど……。そのための増幅器が恨めしい。
ま。世の中の大半がそんなものだしね。悲しくなんてないし。ないし?
あぁ。悲しくなってきたわ。
「姉さま?」
聞こえてくる声に『はいはい』と答えて地面を蹴った。魔術で飛ばしてくる声の主は私の可愛い弟。シュガーだ。弟と言っても双子なのに、弟の方が天使のように可愛いとはどういう事だろうか。そしてなぜか今回は美容にも気を使っている……。前回だって霞んでいたのに、今回はお姉ちゃんもっと霞むんですけど? 影。影だよ。既に。
双子なのに。
弟は魔術が得意で、姉は剣が得意ってどういうことだと時々思う。反対でしょうが。……おまけで筋肉ばかりついていくんだ。
心の中で呪いにも似た言葉を呟きつつ、森を駆け抜けると、暗闇から二つの光が見えた。嫌な匂いがする。動物が腐ったような――本能的に忌避を覚える様なそれに私はぐっと口元を結んだ。
生ぬるい風が頬を撫でる。ゆっくりと落ちる月の光の下で、四足歩行の獣が立っていた。その姿は人とは程遠く、その体躯は成人男性を二倍にしたかのような熊よりも大きい。イノシシのように迫り出した鼻。口元からは大きな牙が見え隠れしていた。ぽたりと落ちるのは涎か。その目は異様な光をたたえて爛々と輝いている。人が元ならここ迄別のものに変化することはないので恐らく元々は獣だったのだろう。私には好都合だけど。
にしても。どう見ても私を敵認定しているように見えた。
いや――夜ごはんかな?
「さぁて、明日のご飯は貴方だね?」
基本これを食べる人はいない。まずくて食べられたものではないのだ。大体人間食べてるし間接的に共食いと言うか……。
人型では無いものしか食べてないし。そこは許してほしい。
でも。何だろう。味覚が死んでるのか美味しく食べられるんだよね。私。研修生の頃、ご飯なんて貰えなくて死ぬかと思った時に狩って弟と二人で食べたっけ。
……弟はお腹壊して寝込んだけど。まぁ、餓死よりマシだよ。そう言ったら仲間はドン引きしていた。それでもそれ以降弟は付き合ってくれて本当に天使だと思ったよ。三回に一回は寝込んでたけど。それでも料理の腕が上がった最近では倒れなくなってきた。
漸くと、どや顔をして仲間にも進めたけど半べそで逃げられてのは記憶に新しい。
ひゅつと風を切って私は持っていた剣を横にないで走り出していた。さらりと亜麻色の髪が揺れる。
「今日は美味しく食べられますようにっ」