取り調べ
「それで――? 姉さまは知らない男についていったと……あほなの?」
いや、それ一体何度言わせるの……。ちらりと窓の外を見てみればもはや暗い。何時間説明をしてるんだろう。これは。
そんななので、私たちは狭い院長室を兼ねた応接室で向き合っていた。
カンテラの明かりがゆらゆらと揺らめている。
私とシュガーが対面に座り、私の両横にはネネとトトが会話に飽きたらしく眠ってしまっている。壁際に立っているのは……テノールでこっちも飽きたらしく大きく欠伸をしていた。
扉の前に微動だにせず立っているのはフィゼルの兵士だろう。こちらは口も開かず無表情で立っていて怖い。ついでに院長は鍵だけ置いて帰った。まぁ、本日は『神官っぽい』人が居るので何かあっても対応できると思ったのだろう。
治癒なんて出来ないわよ。とぼそりと言ったのはテノールだけど……だよね。私の骨。折れたままだし。
「いや、あの。だから申し訳ないと……。そそそ、そんなことより。どうして此処が?」
はぁ。と大きく溜息をついて見せた。じろりと恨みがましい目を向けられても。
「あんな魔術展開したら誰だって気付く。おまけに浄化までって……どうせ姉さまの力ではないんだろうけど……。兎も角連れていかれた方角から推察して姉さまがいるかもしれないって、聖王がごり押しでこの国に送り込んだって訳さ。調査の目的で。もちろん正規に来てるわけ」
「へぇ。そんなに日が経っていないのに早いねぇ」
デリアスからこの首都に来るまでそれなりに時間がかかるはずだ。少なくとも一日や、二日で移動できる距離ではない。基本の馬を使っても。正規と言うのだから、フィゼルの許可も取っていると言う事なのでさらに時間はかかるはずだ。
なのに一週間程しか経っていない。
疑問を視線でぶつけると『簡単な事だろ』とシュガーは肩を竦めた。
「テノール様に送らせた。移動魔術――みたいなやつでさ。速攻で来た」
そもそも魔術なのか。と訝し気に呟くシュガー。
……多分それ魔術ではないと思います。
にしても送らせたって。敬っているのかいないのか。よくお願いを聞いてくれたな、とテノールに視線を向けると不満げに唇を尖らせている。
記憶が正しければ、怨妖では無かっただろうか。
「まったく。無理やり人を呼び出しておいていきなりそれは無いわよねぇ。私を誰だと思っているのかしら? あの聖王も、そこの弟君も。言ってあげてよ」
「えと、誰、でした?」
そう言えば――。そうだったっけ。結局正体は分からずじまいだ。分からなくても生きて行けるし。もういいような気もする。
そんなことをぼんやり考えていれば、テノールの顔がピクリと引きっった気がした。ぎっ、ぎっと音がする様に、シュガーに視線を向ける。そのシュガーは『なんだよ』と太々しく見返していた。
あぁ。もう――と軽く頭を抱えるテノール。癇癪を起こした子供の様にも見えなくもない。
「……まだお勉強してないなんて、酷くない? というかなんで誰も教えないのよ」
「誰でも知っているからそれは姉さまの頭が悪いか、怠慢だろ? 俺の所為じゃない。そんなことより話を続けるけど。俺たちはあくまで、調査の目的でここに来てる」
軽くディスられたような……気にしないでおこう。話の流れを切るのが嫌なので続きを促した。
シュガーはちらりとフィゼルの兵士を見て、軽く眉を顰めてから私に向き直っていた。
「つまり?」
シュガーは少し考えてから口を開く。
「姉さまを連れて帰れないかも。結果によってはフィゼルが姉さまを手離すとは思えないし。その場合は――」
「ね、私が結果を残せると思ってる?」
「いない」
「……」
デスヨネ。
真顔で、即答……。本気でそう思っているのだろうことが伺えた。分かるけれどせめて何か……もはや笑うしかない。少しは姉の隠された実力を認めようと思わないのだろうか。
……私ですら思わないけど。
隠さなくていいから、実力が欲しい。気持ち悪い薄ら笑いに涙が出そうになった。
疲れた様にふぅと息を吐き、シュガーはソファーに座り直した。よく見れば、別れた時よりもやつれている。眠れていないのか目の下にクマまであった。綺麗な肌だったのに少し荒れている気がする。
――あぁ。
ずっと心配をしてくれていたのだろうか。それに胸が締め付けられる思いがした。口は良くないけど、私たちは姉弟だ。そんなくらい分からない分けないのに。
今更だけれど、暢気に暮らしていた自分に反吐が出る。いや、暢気と言うほどでも無かったけれど、それでも。シュガーの長時間の小言が今では可愛いもののように思えた。
「シュガー」
「何?」
シュガーは気だるげに私を見つめた。
「ありがとう。見捨てないでくれて。迎えに来てくれてありがとうね」
ごめんなさい。は数年分は先ほど言った。だから。心配してくれた感謝を。迎えに来てくれたお礼を。
口は悪いけれど、本当に優しい弟だ。綺麗で可愛くて。強い。何処にやっても自慢の大好きな姉弟。
「大好きだよ」
伝えれば戸惑ったようにその双眸が揺れた。慌てて視線を背けて、テノールと目が合うと、驚いたように息を飲んでからぐっと喉を鳴らして視線を床に向ける。
その耳は赤く――言わないでおこう。さすがのテノールも空気を読んで突かないでいてくれたようだし。
気まずい沈黙が少しだけ続いた後の咳払い一つ。漸く復活したらしいシュガーはパッと顔を上げていた。
「ま、まぁ、骨は折れているけど、姉さまが元気そうで何より。姉さまが馬鹿なことはもちろんだけどさ、姉さまだけの所為ではないし。元を言えばあの糞女が――俺たちがどれだけ……なのに」
その後も何かぶつぶつと言っている気もするが聞き取れない。『ずるい』と聞こえた気がするが。何がだろう。
「あのねぇ、姉弟仲睦まじいのは結構だけれど、私には何かないのかしら?」
「あ」
「あ、じゃないわよ。私だって好きでここにいるのでは無いのだから何か言っても良いでしょう?」
いや。テノールの性格的に好きでいる気はするのだけれど。それは黙っておく。確かに魔術的な何かを使ってこの前も今も助けてくれていることは確かで。と考えて。
「ありがとうございます」
と言ってみた。確かに感謝をしているが、何処か棒読みなのは信じ切れていないからなのだろうと思う。いつか――真摯にお礼が言える日が来ることができればいいと思うけれど、それがいつになるのかは私には分からなかった。
でも少しずつ仮は返していこう。うん。
「わー酷いわ。棒読みぃ。差別よぅ。怨妖差別ぅ」
うっわ。面倒。
差別反対。と発狂したように叫んでいる――どう見ても演技だ――残念な美形。テノールを無視し、シュガーはコホンと咳払い一つ。軽くソファに座り直し姿勢を正していた。
「じゃあ、一応仕事をするけど。姉さま。当時のことについて詳しく聞かせてくれるかな?」
――とは言え。取り立てて話すことは何もないのだけれど。
私はいるのかどうか分からない、後からぬっと現れてしれっと事情聴取していった警邏に言ったことと同じような事を話していた。尤も――解せないと言う顔をシュガーはずっとしていたけれど。
それは私も同じだった。なぜなら私の実力なんて一ミリもなかったのだから。




