兄弟
暑い日が続きますが、体調に気を付けてお過ごしくださいm(__)m
「聖女ねーさまお帰りなさい」
「なさい~」
街の一角にある小さな家の二階に私たちは間借りしていた。あの会長の嫁の息子の友達の従弟という絶妙に遠い知り合いを通してもらって借りたものである。ついでに一階は食堂で、私たちはその手伝いもしてる。
軋む階段を上がって扉を開ければ小さな体が私に向けて飛び込んでくる。持っていたカンテラを落とさないように棚に置くと、私は飛び込んできた二人の間線に会うように屈んでから『ただいま』と笑いかけていた。
「待っててくれたんだ。ありがとう」
へらりと笑うと、パッと顔を赤く染め上げた。
赤い髪。大きく零れるような青い双眸。抜ける様な白い肌。フィゼルには珍しい色――実は私も――を持った少年達は『トト』と『ネネ』。トトが七歳で、ネネが五歳だ。もちろん兄弟であり、遊んでいるところを誘拐されたという。
どこかの誰か。間抜けな理由ではなくて、単純に可哀相だ。
うーん。にしても可愛いなぁ。私の後ろをとことこ歩いて……昔のシュガーみたいだ。
「ねねね、聖女ね―さま。今日はね。トトとスープ作っんだよ」
凄く得意げに言っているけど。私は粗末な厨房のスープを覗き込んだ。
今度は何を入れたんだろう。手あたり次第入れて煮込んだ様な。
……『わぁ』とある意味驚きの声を上げる。いや、それしか出なかったから。よく作ってくれるのは有難い。とても有難いの。
ただ。
壊滅的にまずいだけで。でも、この兄弟も兄弟で私の料理は美味しくないって言うし。だからほとんどを下の食堂で済ませてるんだけど。
「ねーさまと食べる為にまってたんだよ」
これはネネ。その横でトトが口を開いた。
「今日もパンも貰ったんだよね。食べようよ。オレ切り分けるよ」
「う、うん」
手際よく、スープを皿に盛り付けて、パンを置く。
ちなみにパンは今日の報酬だ。日によっても違うけど、基本はパンと少しの硬貨。多く狩れれば怨妖の肉ももらえる時もある。デリアスの基準では、たったこれだけと思われるかも知れないが貧しいフィゼルではこれでも稼いでる方だと思う。
だって飢えることが無いし。と考えつつスープを回した。口にいれれば『うん。まずい』と言いたかったがにっこりとして口に含む。
だって、兄弟は美味しそうなので。泣きたいけど我慢だよね。
「き、今日は何もなかった?」
フィゼルには珍しい容姿と言うことでこの子たちはよく狙われる。なるべく食堂や外に行くときはローブを目深に被らせているけどやる人はやる。
ほんっと。治安悪い。早く帰してあげたかった。
「うん。いい子にしてたの。にいちゃんと。聖女ねーさまは大丈夫?」
「私は今日も元気、元気。トトとネネが元気くれるから」
へへ。と嬉しそうに笑う。
――なにあれ。可愛いんですけどと大声で言いたい。
にしても。二人が私の事を恥ずかしい名称である『聖女』と呼ぶのはちょっとしたというか、それなりの理由があった。
まぁ。怖がらせないためにずっと素性をペラペラと話していたと言うのも理由だけど。もう一つ。逃げる際にトトが死にかけたというのがある。正確には背中からざっくりと切りつけられてもうだめかと思った時に、治癒が使えたのだ。
……なんで。と思ったけど、テノールの魔術がまだ残っていたと言うことで納得するしかなかった。考えても分からないし。
調子に乗ってちょこちょこ使っていたら倒れたことは置いておいて。
あ。寿命。とは思ったけど、動けているから何とかなるだろうなぁ。ははははは。
最近手に力が入り辛くなってるけど。
……ふふふふふ。もう笑うしかないので。
兎も角として、それ以来『聖女』と崇められている。本物はデリアスにいると言っても頑なにその呼び方は変えなかった。
でも、多分。本物を見れば納得するだろうな。
……なんだろう。とても寂しいのは。首を軽く傾げていると、ネネが古びた本を取り出した。子供用の本で表紙には大きく『勇者と木の洞』と言う文字が書かれている。所々薄汚れて掠れていた。
「それはどうしたの?」
「クリフちゃんが絵本くれたんだ」
誰だったっけと考えて三軒隣の女の子だと思いつく。本は高価で不必要なものとされているから基本買われることはなく、子供から子供へ流れてくるのが普通だった。識字率も低いため基本的には絵本だ。
「後で、聖女ねーさま呼んでくれる?」
「馬鹿。読めるだろう? そのくらい。ねーさま疲れてるんだよ。オレが読んたげるからわがままいうなよ」
フィゼルの識字率は低いけどデリアスでは初等教育で簡単な文字を覚えるのは普通。なので二人とも普通に簡単な文字は読める。
余談なんだけど、私は前回苦労したんだよね。その貯金で今回すらすら読んだら天才かとか言われた……。後にがっかりされるまでセットで。
「ヤダよ。ねーさまと読むんだもん。にーちゃんと読んでもおもしろくない」
ネネがぷくぅと幼い頬を膨らませると、トトはスプーンを持ったまま『お前なぁ』と怒り始めた。『だいたい――』うん。どんどん話がズレていくような。『兄ちゃんなんてきらいだぁ』うん。まぁ。説教されたらそうなるか。まだ子供だし。
トトの手が出る前に、私はパンっと手を合わせて二人の注意をこちらに向ける。
「読む読む。皆で仲良く読もうよ? 私も読みたいな――なんて?」
少し驚いたように見ていたが、二人とも若干泣きそうになりながら『うん』と気まずく頷いていた。




