閑話――地の底
短い・・・
暗い、暗い世界だった。地中深く。光さえない。張り付く様な湿った空気に、何かが息づいている気配がする。嘆いているようで、悲しんでいるようで。それでいて憎んでいる。
すべての命を。
否。羨ましがっているのかも知れない。
その気配はまるで毒のようでもあった。恐らく――まともな生命が一歩でもこの場にあればすぐに絶命してしまうようなそんな毒だろうか。
その中で一人の青年が古びた、粗末な椅子に身動ぎもせずに腰をかけていた。浅く、しゃんと背筋を伸ばしたまま。生きているのか、死んでいるのか。人形なのか。一見には分からない。ゆったりとした――本当にゆったりとした息遣いだけが生きていることを感じさせている。
暗い世界で浮く様な『白』それは青年の髪だ。いつから切っていないのか長いそれは顔を隠し、地面を這うように散らばっていた。
出口もない。光もない。一体いつからいるのか分からない青年はいつものように眠りについては起きると言う生活をしている。もはや人間ではない彼はそれだけで足りるのだから。それがどれほど続いているのか分からない。そしてそれは未来永劫続くのだろう。そう彼自身も思っていた。
なのに。
「――シャロ?」
彼はゆっくりと顔を上げて掠れた声で呟く。その言葉と心の変動と共にザワリと空気が動いた気がした。刺すような、吐き気を催す様な悪意に今更どうとも思わない。
ただ。同時に何かを打ち付ける音だけはダメだ。暗い世界に低く、低く響く。それは『此処から出たいのだ』そう言っているようにも聞こえた。まるで呪いのように。
彼は薄い唇を真一文字に結んでからゆるりと枝のような細い手を伸ばした。開いた双眸は――銀色。それは自ら光を持つように艶やかに輝いていた。この暗い世界を照らすようでもあった。
指の先。薄く『式』が現れると空気に溶けるように消える。時を同じくしたように再び世界は静寂を取り戻していった。
残されたのは重く圧し掛かる様な空気と崩れかけた指。それをどうでも良さそうに眺めた。痛くはない。どうせまた蘇る。
もはや人間と言う枠組みにも入らないのだから。息をしていることだっておかしなことだ。
「行かせないよ。いや――行かないよ? 僕は」
そのつぶやきは小さく、誰も聞いてはいないが『誰か』は聞いている。何処か抗議の色を帯びた気がした。それを無視して彼は再び目を閉じる。
でも――。どうして。
口元で転がした声は今度こそ何処に届くこともなく消えた。願わくば。
――幸せな夢を見たままずっと、ずっと眠っていたかった。




