聖女
大体首都は大きくはない。大神殿を除けば一日で一周できる広さだ。その上でいろんなところに寄り道していた為、辺りは暗く空には大きな白い月が孤高に白い光を放っていた。
誰ともなく行こうと言った訳ではなく、私たちは街の外れに在る対さな公園にたどり着いていた。皆街に繰り出しているのだろうか。誰もいない。柔らかな街灯が公園の中心にある池を照らし出していた。
静寂にほうと梟の声が響いている。
街の熱気が嘘みたいだ。頬に冷たい風が触れて抜けていく。それが何処か心地よかった。
「楽しかったですね」
ん。と私は背伸びをしていた。足元にはお土産。多分仕事で抜けられないだろうクラベルと、いつもお世話になっている神官――こちらも多分抜けられない――の分だ。すべて食べ物だけれど下手に残るものよりはいいと思った。
もちろんシュガーとユリアの分もある。
「喜んでくれると良いね」
ニコニコとアドラーは私の隣で笑う。
「異国のものだから喜んでくれるといいのですれど。あぁ。アドラー様にも買ったんですよ」
皆に買っているのに買わないわけにはいかないよね。仮にも聖王。いろんなものに目や舌が肥えているはずだからかなり悩んだのだけれど。
私は紙袋の中を漁ると一つの箱を取り出していた。
おばさんの居たお店ではなく、別の店で見つけた雑貨で。アドラーが好きと言うよりは私が好きな雑貨だった。いや、もちろん怪しげなドライフラワーや熊の木彫りとかではない。あれはクラベルの趣味だから。
……いや。よくある、お土産屋さんの木刀は好きだけれども。ぶん回せるから。
「僕に?」
アドラーは目を子供のように輝かせて私を見た。……期待値が上がったらしいが、そんな大層なものではないのに。
まぶしい。そしてちょっと中身を思い出して恥ずかしくなった。
今から回収して、どこかから宝石を借りて来たい気分なんですけど。
「えっと。大したものではないんですよ。今日はほとんど私に付き合ってくださったでしょう? だからお礼で」
「開けても?」
「う、うん」
小さな箱には何の装飾もリボンすらされていない。粗末と言っていい何処かボロボロの箱をまるで宝馬鹿のように開けると長い指がそれを丁寧に取り出した。
「ペンダント?」
「はい」
消え入るように言うしかなかった。
私も最初ペンダントだって気付かなかったんだよ。それほど鎖も長くないし。ただ直感的に決めてしまって。小さなものだけど文鎮に――癒しにしてもらったら良いなって。前にも思ったんだけど毎日、毎日作り笑いを浮かべて――笑顔だけは出来ると本人談――疲れていそうだったから。
……。
ぁあああ。居たたまれなくなってきた。
ノリと勢いは良くない。
「あの、やっぱり返してもらっても?」
「嫌だよ」
箱を魔術で浮かせて、ペンダントを取り出すと興味深くペンダントトップに月の光を翳していた。
硝子を流線形に細工したものだ。透明から濃い青に色がグラデーションを造りながら色づいている。その中には白い宝石のようなものが埋め込まれていた。それは月の光に照らされてキラキラと輝いている。
「見たことないんですけど、海のようだって思って――でも。こうしてみると空のようですね」
前回も今回も海には縁が無くて。本で読んだのみ。だからこの澄んだ青が海に似ているなと。白い宝石は貝を表しているのかと思っていたけれど、何となく口に出た言葉に我ながら納得する。
空と――月だ。
「綺麗だね」
……うーん。光に照らされたアドラーの方がとても綺麗なのだけれど。ご存じだろうか。私には絵心なんて無いけれど額縁がぼんやりと見える気がした。
「シャロ?」
灰色の双眸が月に反射して銀色に見える。その輝く様な笑顔に引き込まれていた事に気づいて私は我に返っていた。
なんだか凄く――照れる。まるで心底それが嬉しいみたいな顔をされると。暗くて真っ赤な顔など見えないと思いたい。私は慌てて目を逸らしていた。
その顔は多分すべての人類に効く。
「――つ。と、兎も角。気に入らなければ棄ててもいいかな、と」
いいと言葉が尻すぼみになる。自身で言ってはなんだけれど、それは寂しいと思ってしまった。ちょっと気に入っていたし。棄てるのなら――。
「棄てないよ。シャロが僕にくれたんだもの。ああ。僕もお礼を――」
何だろう。言葉が続かない。私の肩越しに何かを視たのか、驚いたように息を飲んでいた。いつもどことなく穏やかなのに、そんな顔をするんだ。と私の方が驚くが。
カツンと小さな音に私は顔をあげる。アドラーの視線を辿ればそこには鮮やかな――太陽の光を吸収したような『光』があった。
――見ただけで。周りに居るだけで。その人が誰かなんて誰もが気付くものだ。
心の中で感嘆した。
「もしかして、聖女様?」
夜だというのに輝く蜜色の髪。同色の溶ける様な双眸。ぷくりとした唇。長い睫は白い肌に影が差している。
まるで人形のような美しい少女だった。彼女はにこりと笑う。誰もが惹かれるような笑みだ。実際後ろの――護衛だろう――男性達は少し頬を赤らめているように見えた。
私はちらりとアドラーを見るが無表情で見つめていて、なぜだろうか安堵を覚えてしまう。同時に少し不思議にも思えたが。アドラー自体は美人を見慣れているのかもしれない。
――鏡で。
「ご機嫌麗しく。アドラー様」
想像を出ない域。鈴が転がる様な可愛らしく澄んだ声だった。




