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大根役者

 ――ねぇ、ねぇ。聞いた?


 ――聞いた、聞いた。


 ――聖女様が現れたんだってね。


 ――なら、今年は聖女様がいる豊穣祭が見られるかもねぇ。なら、パッと派手に行こうじゃないのさ。歴史に残るほどにはね。


 ――楽しみだねぇ。今年は聖王様も顔をお出しすると言うじゃないのさ


 ――それで――





「聖女様?」


 街の正門近くから魔術で裏門近くまで連れ出された私はいろいろ諦めて街をアドラーと共に散策していた。仕方ない。手を離してくれないのだから。アドラーと言えばにこにこと上機嫌で露店の雑貨を熱心に覗き込んでいる。竹細工の素朴な雑貨。持っているのは蝶の形をしたアクセサリー。中心部分には宝石のような硝子が輝いていた。


 そう言えば、昔もこういう素朴な細工が好きだったような。要らなくなったのか無言で押し付けられていた気がするけど。


 でも綺麗で好きだったし、宝物だった。どんな宝石よりも。勿体なくて付けられなかったのを思い出す。


 きらきら。大して変わることの無い懐かしさに私は目を細めた。


 ――よし。


「それ好きなんですか? 買いましょうか?」


 声を掛けるとアドラーはそれを持見つめたまま口を開いていた。


「ううん。結局好きじゃなかったかなって。ちょっと反省してたんだ」


「どなたかに送ったんですか?」


「まぁね。彼女は一度も付けたことなかったけど」


 柔らかく細められた目に愛しさが混じり、儚く見えた。その細い肩に触れたくなるほどには。不安定で。


 きっと今回も『あの人』が好きなんだよね。――多分。


 私はその人が誰かは知らない。どこの、誰かも分からない。だって最後まで――記憶にある限り――口を割らなかったから。


 話してくれれば――頑張ったのに。と思う気持ちは未だに強い。


 まぁ。好きな人には幸せになって欲しいからなどと言う狂気の理由だったけれども。……だってこっちを向かないのは知っていたし。


 お互いに、報われない恋。一つぐらいは叶って欲しかったから。


 それでも話してくれないのは解せぬ想いが残っている。


 私は軽く息を付いた。


 今は――今は。どうなんだろう。心が軋む意味が分からない。恋心なんて本当に棄てた筈なのに。


 私はほとんど無意識にその肩に手を伸ばそうとして、触れる寸でで響いた声に手を引っ込めていた。


「あらぁ。まあまあ、初々しくて羨ましいわぁね」


 雑貨屋の亭主。恰幅のいい中年女性が微笑ましいものを見る様な目で私たちを見つめていた。


「あ。友達なんですよ」


 基本、聖王の顔は未成年と言うこともあるため広まっていない。というか、相変わらずどうでもいいのでこうして普通に話せるわけで。


 おばさんはちらりと私の後ろを見、目を戻す。


「ふふふ。そう、だったらいいねぇ」


 何だろう。その含んだような言葉は。後ろを振り向けば、アドラーがニコニコと嬉しそうに立ち上がる。流れるように『いらない』と言ったアクセサリーの代金をおばさんに渡していた。しかも何のサムズアップ……。


 にしても、シュガーに渡したのにお金。持っていたんだ、まだ。聖王は国のものであって、個人に与えられるものはほぼ無いと言っていたけれど存外にお金持ちなのかも知れない。


 まぁいいや。と私は先ほどの噂話を思い出していた。


「そう言えば、おばさん。聖女様って? 現れたんですか?」


「ぁあ。そうなんだよ。バッサルから来てるやつがいるんだけどね。そこで聖女様が見つかったらいしよ。バッサルに派遣されている神官様が連れてきたんだってさ。今は大神殿にいるとか、いないとか」


 バッサルは隣接する大国の一つ。王国であり、私たちの祖国であるフィゼルにいつも攻め入っていた記憶がある。ちなみにフィゼルはさぼど大きくもない国。バッサルに滅ぼされたか内紛かはたまた怨妖か――在るのか無いのか。


 別にどうでもいいけど。良い記憶なんてほとんど無いから。


「でも、私神殿から来たんですがそんなこと……」


 最近いつもお祭りの事でバタバタしているから気付かなかっただけなのだろうか。


 うーんと考える。


 そう言えば神官達が浮足立っていたような、いないような。


 ……あ。もしかして、聖女様がいるなら私は『聖女役』をしなくても――。ぱっと顔をあげてアドラーを見た。


「残念ですぅ。私あの役楽しみにしていたんですよ」


「うれしい。それにしては大根役者だよね。シャロ」


「ソウデスカぁ? でね、だから――」


 ……げ。


 って。まって、笑顔が怖い。おばさんが引くぐらいには怖い。まって。なんで。もしかして知らなかったのだろうか。


 私がオロオロしていると、アドラーはにこりと笑ったままで口を開く。それは言い聞かせるように一語一句。圧を掛けながら紡がれていた。


「残念。僕の聖女は君だから」


 いや、違う。とは言えずに私は薄笑いを浮かべたまま顔を引きつらせていることしか出来なかった。


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