休日
目が覚めると、豊穣際の直前でした――。
いやいやいや。なんで。ちょっと待とうか。
「いや、聖女役降りて良いかな。降りて良いよね。よねぇ?」
ここ数日死ぬかと思った。いろんなところから『聖女様』『聖女様』ともてはやされ、女性神官にお人形宜しく着替えさせられるし。神殿に泊りで豊穣際の打ち合わせと細かい儀式。今まで寝てたからそれを取り返すために毎日、毎日……。おかげで神殿で寝泊りと言う事になってしまった。
おうち、かえる。
だいたいこんなに大変なんて聞いていない……。誰だ。私を推したのは――。基本は立候補。その中から選ばれるのが常であるのに。
「アドラー様だった」
そりぁ誰もダメとは言えないじゃん。
絶望で崩れ落ちそうになってしまった。でも。と拳を握りしめる。その拳には串焼きが握られているが気にしない。
なんでよぅ。
「いや、でも。これさえ終ればっ」
「いや。無理だよ?」
街は祭りの準備で誰もが忙しそうに賑わっていた。いつもより道が混雑しているのは露店が所狭しと並んでいると言うこともあるが、この時期は各地から人が集まってくる。この時期この国の人口はこの首都に集中しているのではないかと思うほどに。また、豊穣際の前後は入国規制が緩くなるために外国人が入ってくるというのもあった。
とんと行き交う人と肩がぶつかり『ごめんなさい』と謝罪し、息を付く。
「ほら、人が多いから手を繋ごうよ」
「……両手に花を持っているんですが?」
私は何とか休日を貰い街に繰り出していた。なぜか、アドラーも一緒に。もう一つ言えば、可愛い弟も一緒だ。
何だろう。監視、だろうか。右手に串焼き。左手にクレープと言う何とも言えない組み合わせを持ちながら私はじろりと二人を見た。
アドラーはヘラリと笑う。その横でむっとした顔をしているシュガー。どちらも少し地味になるように帽子を被ったり眼鏡を掛けているが輝かしさは消えていないようで、道行く人がちらちら見ている。
頑張って着飾ったのに……うん。完全に影になっている。別に何かに期待していたわけじゃないけど。
少し遠い目をしてしまった。
「だって迷子になるし。危ないから。あ、串焼き貰うね」
串焼きをアドラーに有無を言わさず取られてしまった。が、その串焼きはシュガーが奪っている。食べたかったのだろうか。二人とも。言ってくれれば臨時収入――聖女様役――が入ったから奢るのに。
そんなことをクレープを食べつつ考えていればきゅうと手を握られる。その顔は嬉しそうにふやけており満足そうだ。あの私がよく知る聖王、なのだろうか。と思うほどに。
「しっかし。聖王様。こんなところにぶらついてて良いんすかね? 暇なのか?」
辛辣にシュガーは言う。もちろんそれをアドラーが気にすることはなかった。舌打ちが聞こえてきたような――気のせいであってほしい。最高権力者に舌打ちなんて、そんな。そんな。
「きっと、暇はつくるものだよね」
つまりは暇ではないのだろう。アドラーは意味ありげに笑った。まぁ、でしょうでね。としか思えない。今でも忙しそうな神殿の内部を抜けてきたのだから。
今頃神官さんたち泣いてない? 大丈夫?
「いや、帰れよ」
「嫌だよ」
何だろう。緊張がピリリと走る。――笑顔を無理やり維持しながら睨み合うのやめてほしい。しかも回りを巻き込みながら。目立っているし。
ほんっと、なぜそれほど嫌いなのだろう。よくわからない。
どうしようか。
「えーと?」
仲裁するのも面――空が綺麗だなぁなんて、現実逃避しながらクレーブを食べきる。
「あ。シャロちゃんだぁ」
悩んでいるとゆったりとした声がに聞こえて私は振り返っていた。そこには赤い髪をおさげにして、丸眼鏡の小柄な少女――ユリア・メソッドが大きく手を振っている。十代前半の身長の為今にも人混みに飲まれそうなところを息切れしながらかき分け私の前に立った。
「待ち合わせの前に会えて良かったよ」
凄い人だねぇ――と付け加え、肩で息を切らしながらユリアは顔を上げていた。身長も低いが、それに見合った幼い顔立ちをしている。可愛らしい小動物のようだ。庇護欲をそそられるとでも言うのだろう。
うん。今日も可愛いなぁ。
「待ち合わせ? 約束を?」
「あぁ。はい。せっかくの休みなので友達と遊びたいと思って誘ったんです。暫く会えていなかったのもあるし――と言うことで解散では……?」
手が離れないんですけど。にっこりと『そうなんだー』とアドラーは言うとユリアに目を向けた。聖王スマイルとでも言えばいいのだろうか、すべてを包み込むような柔らかく優し気な笑みだ。後光がさして、すべてを許しそう。うっかり、今まで犯した罪を懺悔しそうだと思った。いや、大したことはしていないけど。
……にしても聖王。怖い。
私は薄笑いを浮かべていた。