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奇跡

「頑張ったから。約束通りご褒美を与えに来ただけよ」


 開口一番『邪魔』と言い放ち、助けを呼ぼうとした神官を壁に縫い付けた青年――テノールはにこりと口元に艶やかな笑みを浮かべながらそう言った。首には微かな赤みが一閃しているだけで、今では綺麗に結合されているようだ。


 ステンドグラスの破片がキラキラ輝いているのも相まって、神像の台座に座ったテノールはまるで神のみ使いのようにも見える。ただ、その目だけは相変わらずと言うべきか昏く暗い闇がどこまでも広がっていた。


 ――やっぱり相変わらずの、化け物よね。


 私は心の中で毒を吐いていた。


 本来、大神殿は神の加護が在るために怨妖と言う生き物は足を踏み入れることは出来ない。入った時点で『消滅』してしまうから。それを超えて来るというのは本来在りえない――怨妖ではなくもっと別の『何か』と言うことになるのかも知れない。


 おまけに、魔術迄使えているし。


 私は背中にいるシュガーをちらりと見ると悔しそうに眉を顰めている。魔術か使えないと言うより、式を組むと言うことが封じられている。これもまた魔術で――そのため、使おうとすると心臓を締め付けられるような激痛が走り、潰れると慈悲深い笑顔で言われた。その後で治癒はしませんと続いたのが怖い。


 ……まぁ。使えたところで勝てるかと言えば、きっと勝てないのだけれど。


 私はちらりと壁に縫い付けられた神官を見た。大きな傷などなく、どうやら死んでは無いようだ。小さくうめき声は聞こえるが、その意識は刈り取られているように見える。


「――この状況で?」


 私はじろりとそれを睨みつけていた。当然のようにそれに臆することなど無い。テノールは悪びれる様子などなく肩を竦めていた。


「そ。私の事は――まぁ、いいわね。その代わり、その子を救う方法を教えてあげようと思ってね。来ちゃった」


「信じられるとでも?」


 軽いノリで言われても。何処をどう信じれば良いのか分からない。身を――寝ているアドラーとシュガーを守るために私は近くに有った燭台を手にしていた。鈍器ぐらいにはなるはずで、いざとなれば私が時間を稼いでいる間に助けを呼んでもらおうと考えていた。


「いやね。燭台なんか持って。勇敢なのねぇお姫様は。可愛い顔で睨まないで欲しいわよ」


「ふざけないで」


 ――あらあら。怖いわね。と歯牙にも掛けていない様子でワザとらしく言うのが腹立つ。そんな私を無視してテノールは私の向こうに視線を投げて軽く笑う。


「だいたい信じたる理由なんて、後ろのシュガー・ハーバリストが知っていると思うのだけど」


「……え?」


 困惑気味に言うと、とっと軽い音を立てて隣にシュガーが立った。その緑の双眸は真っ直ぐに、何の怯えも映していない視線でテノールを見つめていた。『ヤダ。イケメン』と言う歓喜の声は置いておくことにする。大体自身の顔は何だと思っているのだろうか。


「姉さま――勉強のことは置いておいて。それに関しては信じていいと思う。多分『聖王』のことはそいつが一番知っている」


「え、なんで?」


 テノールは答えることなくにこりと笑って見せた。


「いいから、いいから。その子助けたいんでしょう? 私としてはどうでもいいけど。このままでは死ぬわよ? だって人間には八方塞がりなんだから。それに……」


 別に死んだって『次』が生まれるからどうでもいいのよ。


 低い。冷たい言葉に私は歯噛みするしかなかった。尊い神の子と言えば聞こえはいいけれど、使い捨て。聖王であれば何だっていい。個など必要なく、壊れたら次が現れるのを待つだけだ。だから別に――壊れてもいい。


 その考えがたまらなく嫌だ。


 アドラー自身もそう思っていることにも腹立たしい。


「どうするんですか?」


 私は顔をばっとあげて何処か挑戦的にテノールを見ると少しだけ驚いたように私を見返した。その後で面白そうに唇が弧を描く。


「簡単よ。だって貴方は、貴方自身は聖女ではないけれど、神の因子を入れられてる。その因子を持って癒せるわよ?」


 ニコニコと言う言葉に、沈黙が落ちる。


「――は?」


 そ言ったのは私だったか、シュガーだったか。兎も角、二人して狐に摘ままれた顔をしていることだろう。その証拠に『あははは、そっくり』とテノールが声をあげて笑っている。


 揶揄っているのだろうか。私はむっとしてテノールを見た。


 というか。そもそも神の因子、って何。それを説明するという気は無いようだ。テノールはヘラリと笑う。


 いや。神の――。


「嘘じゃないわよぅ。なら、試してみるといいわ。ほらほら。手を握る。救いたいんでしょ?」


 早くしなさいよ。


 疑問を言う前に、急かされるようにして私はアドラーの手を再び握った。当然の様に何も変化などない――此処からどうすれば良いのだろう。


 がたんと手から滑り落ちた燭台が床に転がる。


「……嘘だったら?」


 すとんと神像の台座から降りてテノールはアドラーの顔を覗き込んだ。男性らしい骨ばった手をアドラーの顔に持っていくと見たことの無い『式』を展開させる。


 何一つ読めない。理解できない文字と幾何学模様。それが空中に淡く空中に浮かび上がっていた。だから、それが何のためなのか。どんな結果になるのか分からない。それはシュガーもなのだろう。食い入るようにそれを見つめていた。


「嘘のはずないじゃない。少し痛いというか。寿命頂くけど問題ないわよね?」


「……ん?」


 なんか重要な事をさらりと言われたような。


「当たり前でしょう? お姫様は聖女じゃないんだから。ノーリスクではないのよ。神の因子を持っているってだけ。大丈夫。すぐ死んだりしないわよ。それとも」


 助けないの?


 低い声にどくりと心臓が一度鳴った。昏い、暗い両眼が私を見つめている。まるで助けないと言う選択肢を取らないだろう事を確信しているように。


 それはそれで腹立つのだけど……まぁ。当たりと言うべきか。


 大体、自分の寿命なんて遠い未来のことなんて想像できないし。見えない未来よりも私は『今』が大切で――いや、きっと私はどこまで行っても。


 この人が大切なんだと思う。だって助けられることが嬉しかった。聖女じゃない『私』でも。


 私でもこの人を救うことができる。


 ……困ったな。命を削ってもいいだなんて。いや。むしろ自分の命なんて『どうでもいい』なんて思うだなんて。それが恋慕のものなのか何なのかもはや私には分からない。前回のような焦がれるそれはもはや何処にも無いというのに。


 もしかしたら――前回の残滓が心の中に在るのかも知れない。


 クシャリと前髪を掴んでいた。それは少しふやけた顔を隠すためだったのかも知れない。


「姉さま」


 心配そうなシュガーにヘラリと笑顔を向ける。何かを言おうとしたのか、口を開けてまた閉じた。その言葉が紡がれることはない。ただ口元を結んで私を見つめている。心配そうに。恐らくそんなことはして欲しくないのだろう。


「ほんと困ったよ。――その通りで。悔しいなぁ」


 アドラーには『もっと自分を大切に』なんて言っていたくせに。私はすがすがしく笑う。ま。すぐに死ぬわけではないのだし。大丈夫だろう。


「シュガー。このことをアドラーには黙っておいてね?」


 だってきっと怒るから。


 多分泣きながら――まで考えてしまう。


「……うん」


 私はテノールに目を向けた。『バカな子ね』と呆れたように小さく聞こえたのは気のせいだろうか。ふと笑うとすぐさま私の身体は『式』によって包まれていた。


 パリパリと空気を弾く様な音が耳に触れる。脳を揺らすような頭痛に顔を歪め、本能的に眦に涙が溜まる。痙攣する体はもはや私の意識に制御出来るものではない。眼前は霞み、刺すような耳鳴り。脳裏の隅で誰かが何かを言っているような――それを最後まで聞くこともなく、私はそのまま意識を手離していた。



 ――夜明け前。


 奇跡は起こる。


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