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事件後

 ――結論として。駆けつけてきたこの国の兵力を使って撃退出来、その光景は血と腐臭が漂う地獄だった。このことはいつもの事件と一緒に新聞の隅に載ったけれど、それほど大きな騒ぎにはならなかった。平和ボケかあるいは慣れ切っているのか。


 まぁ。前者だろうけれど……。


 あんな事件何度もあってたまるか。


 そう言えば。ごたごたしていて、テノールの正体聞きそびれたな。と考える。結局最後まで現れなかったし。


 教科書と読もうかとも思ったけど何となく読む気にはなれなかった。どうせならアドラーから聞いてみたいという思いもあった。決して面倒と言うわけではない。


 溜息一つ。今更では在るけれど、本日の夕刊をテーブルに投げるようにして置いた。丁度いいと言うべきか、そのタイミングで部屋の扉がノックされる。


 どうぞ。そう答えれば、制服姿のシュガーがひょっこりと顔を覗かせる。学校から丁度帰ってきたようだ。手に持っているのはパンの紙袋――行きつけのステラおばさんのパンじゃないか。


 自然に貰う体制になるのは仕方ないと思う。


 丁度小腹が空いたところだったんだ。


「姉さま。起きていたんだ」


「いや。起きるよ? 私病人じゃないし。それにもう夕方じゃない」


 あれから丁度一週間ぐらいになる。私にもクラウスにも致命傷ではないけれど、結構な傷があったのだけれどその日のうちにきれいさっぱり治してもらった――らしい。実の所よく覚えていなくて、疲労困憊の私はあれから三日間眠り続けていた。


 今でも忘れられない。すっきり起きた私とは対照的に憔悴しきったシュガーの顔を。抱きしめられた温もりも。震える肩も。とても心配していたのだと言うことは簡単に推測でき、心が軋み、胃が痛むくらいにはとても申し訳なかった。


 けど。


 ……その後でなぜか私は小一時間説教喰らったんだけど。悪いのは私なのだろうか――。


 解せない。


 兎も角として絶対安静と部屋に閉じ込められて今に至る。正直暇だった……。やることが読書と筋トレくらいで。


 うん。別の意味で死ぬかと思った。私は中に入っていたクロワッサンを頬張ってから口を開く。


「明日から、学校行っていい?」


「そんな学校好きだったのか? 友達――いたっけ?」


 いつもシュガーといるから霞んで存在感がちょっと……いや、かなり無いけどいるにはいる。どうやらシュガーの視界にも入っていないようだ。


 失礼な。しかも勉強がしたいからとか他の理由は無いのだろうか。


 考えて――無いな。と考える。行きたいのはただ、ただ暇なだけだった。


「いますが、何か?」


「アドラーではないの? そいつ来てないじゃん」


 どうやら真面目に言っているらしい。その顔は何処までも不満そうではあった。なぜか元々あんまり良い印象は持っていなかったのに、今回のことでさらに悪くなったらしい。説教の中に『アイツには近づくな』としきりに言われた。


 苦笑を私は浮かべる。


 友達と言えば友達なのだろうとは思う。多分。


「私の友達はアドラー様だけではないし」


「そうかな?」


 酷くない?


 うーんと記憶を辿っているけど特に思い当たらないらしい。地味仲間なので。気が付いたら『いる』タイプなので、あまり人に興味がないシュガーは気付かないんだろうな。友人はそれが気楽でいいと言っていたけれど。私から見ればいい子で可愛らしい女子。勿体ないのこの上ない。


 あ――そだ。と私はパンと手を合わせていた。


「そう言えば、今度私の友達を可愛くしてくれないかな?」


 シュガーは意外そうに眉を跳ねていた。本当に友達がいないとか思っていたのだろうか。


「……女の子?」


「そうそう。可愛くて勿体ないんだ。あ、かわいくしてくれたら一週間分の料理する」


「……」


 訝し気に私を見つめている。


 基本。シュガーは化粧が好きだ。綺麗な衣服も宝石も。趣味が女子に近い。ただ難点なのは自分の顔を使えない事だった。


 男性と言うこともあるが、大して何もしなくてもシュガーは綺麗だから、下手につくると逆に変になるらしい。そしてそっくりだと思い込んでいる――基本は似てるのである。基本は――私の顔も同様に施すことは無かった。ごく偶に美容院に紛れ込んではこっそりと欲求を満たしているとかいないとか。変装して。


 欲求不満気味なのだ。シュガーが頼めば世の女子は目の色を変えて寄ってくるとは思うけど――それは嫌らしい。


 であるのでこれに関しては断るという選択肢は無いと思う。


 案の定少し思案する様にして俯いた後『分かった。姉さまの頼みだし』と小さく承諾した。


「決まりだね。じゃあ――祭りの日でいいかな。慰労会で」


 慰労会。祭りの日最終日。関係者だけ呼んで開かれる立食パーティだ。普段食べたことのない様々な料理が出てくるらしい。


 ――もちろん。お菓子も。


 そんな事を考えていれば、シュガーが肩を竦めて『涎が』と呟いたので私は慌てて口元を拭いていた。にこりとシュガーは微笑む。


「それじゃあ、姉さま。今度その子、紹介してくれる?」


「もちろん」


 何処か嬉しそうに見える――眩しいくらいにキラキラしている気がする――シュガーは水差しから水をカップに注いで私に渡した。ついでに自身の分も注いで口元に運んでいる。


 私も水を喉に流し込んでふぅと息を付いていた。


「それにしても。アドラー様も学校にまだ登校してないの?」


「うーん。、俺が知る限りまだ来てない、かな。おんな――女子生徒が騒いでないから。姉さまが心配すると思ってクラベル兄に聞いたけれど、神殿にも姿を表してないらしいよ」


 クラベルはあれから元気に一日も休むことなく動き回っているらしい。体力どうなってるんだろうか。体力お化けかな。いや筋肉お化けか……さすが、と言うべきなのか何なのか。


 兎も角、あの時アドラーは大規模魔術を展開しつつ、浄化という荒業をしていた。ただでさえ体力を使うらしいのにそれを連続でどれほど行使していたのだろう。それは普通の神官が出来ることではない。大量の魔力を持っているから出来ることだけれど、それでも無理をしていることは明らかに見えた。


 まるで命を削る様な――。


 大丈夫だろうか。最後に見たのは泣きそうな神官達に取り囲まれているところだったと思う。


 私はじっとシュガーを見た。何を言われるのかうっすら気付いたシュガーは嫌そうに口をへの字に曲げている。


「お見舞い、いこうかな」


 沈黙の後渋々と言ったように溜息一つ。やけくそ気味にぼりぼりと頭を乱暴に搔いている。


「まぁ。神殿からも祭りの事と先日の事件で聞きたいから一度来てくれって言われてるし。ついでだし。……つ。俺も行くからな」


 うん。と答えると『行くから』と念を押す様にしてシュガーは不肖不服気味にもう一度言った。

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