二人と二つ
よく考えればグロいけど本人たちが楽しそうなのでセーフ?
高く青い空の下。頬を抓ってみる。
うん。ちゃんと痛い。ついでに叩いてみる。――痛い。いや。もう諦めるしかない。
現実だ。
「何すんのよっ。酷い。こんなむごい仕打ち」
驚くほど綺麗な――人工物かなと思える生首が喋ってるんですけど……。ねぇ。喋っているんですけど……。
ねぇ。聞こえてます?
文句を言っているテノールとどうしていいのか分からずあわあわしている私の前で、二人の青年が言い合っていた。もちろん片方はアドラーで、もう片方は警備の衣服――紺の詰襟――を着た何処か見覚えのある青年だ。
見覚えがある。と言うより、がっつり知っているのだけれど。
赤茶色で短く刈り揃えられた髪。はっきり二重の好青年は、私たちの義兄。クラベル・ハーバリストだ。その手には大きな剣。べたりと付いた黒い血糊が剣を伝って地面に落ちている。その血は地面を焦げたように黒くしていた。
そのクラベルは私には気づいてもいないようだ。
「どうして勝手に消えるんすかね? セーオーさま、自覚在ります?」
聖王の。と半眼で付け加える。それを受け流すようにアドラーはにこりと笑った。後悔も反省もしていないように見えた。
苛ついたのか紙をはらりと取り出すとその中に書かれている地図をパンと指で弾いてみせる。魔術で作られていたらしいそれは同時にはらはらと溶けるように消えた。
「護衛が泣きながらここから一番近い警備の俺に連絡してきたんすけど?」
「あぁ。ごめんね。さすがの僕もテノール様が出ると思わなかったんだよ。大体自身は在ったんだよ、何かあっても対処できるって。あ、そうそう。シャロもいるし」
『人を化け物みたいに――』なんてキイキイ聞こえるがフル無視されるテノール。
いや、頭と身体がお別れしてるし現に、怨妖という化け物ですよね? 突っ込みたかったが、不機嫌が頂点に達したようなクラベルの視線に黙るしかない。
「は?」
「ははは。久しぶり。クラベル兄さま」
空気を和らげようと笑うがクラベルの眉間の皺が深くなった。
ちなみにシュガーが『姉さま』と呼ぶのを羨ましがってそう呼ばせるようになったがシュガーは頑なに断っている。
なんで? そんな小さな呟き。じろりとアドラーを殺気交じりに睨んでいた。
いや、それ。最高権力者。先ほどから気安いが……アドラーの顔を見るにまぁいいのだろう。別に怒っている様子もない。
「アンタ、俺の妹を巻き込んだのか?」
「だから、偶然だよ。それにシャロは強い子だよね。君に似て。――あ、そうだ。テノール。君も何か言ってくれると嬉しいな」
首が捥げたテノールに驚くこともなくアドラーは膝を折ってテノールに視線を会わせていた。そのテノールはぎろりとアドラーに視線を向け、地を這うような低い呪いのような笑みを漏らしている。もはや『ふふふ』と笑っているだけなのになんかの呪文かと思う。
ついでにうちのクラベルはアドラーの話を聞いて少し機嫌が直ったらしい。どの辺がクラベルのつぼだったのかは分からないが。
……一体なんなんだろう。
「漸くこちらに気付いたのね? 貴方たち。この私を無視するなんていい度胸ね?」
「だって五月蠅いから」
別に煽っているわけではないだろう。ただ思ったことを言ったと言う顔であるが、テノールは顔を引きつらせた。
「失礼ね。私を何だと思ってんのよ。大体後ろから首を斬るなんて聖王のやることではないわ。まったく。聖王なんて『優しさ』の固まりでしょう?」
何だと、って言われても……生首かなと心の中で答えておく。ちなみに身体の方は近くでぴくぴくと痙攣してから動かなくなった。本体はやはり頭……。いや。基本は怨妖でも生物だったものだから首を切れば沈黙するはずで。首だけが元気に喋っている事例は聞いたことが無いし異常だと思う。
のだけれど。やはりアドラーどころかクラベルまでも平然としている。まるでそれが普通であるかのように。
「いや、斬ったの俺だけど。――あ。てか。テノールってあの、テノール? ね、セーオー様」
クラベルは思い出した様に口を開いていた。疑問に私は小首を傾げる。
もしかして有名なのだろうか。私は知らないけれど。教科書にも出ていなかったような。パラパラとぼやが掛かった教科書を頭の中で捲るが何も出てこなかった。
「どの、テノール? クラベル兄さま」
「はい。勉強不足。こんな感じでがっこサボるからだぞ。どうせ魔術関係とか歴史とか寝てんだろ?」
いや、サボってはいない。常習犯みたいに言わないで欲しいけど――寝ているのはなぜ知っているんだろう。
でも。授業がつまらないのが悪いとは思いませんかね。とも言えず私は低く反論するしか無かった。
「決めつけ良くない」
そして前回とも微妙に違うのも良くない。
私は悪くない。『はーん』なんて信じていない声をクラベルは出している。
「テノール様。自己紹介なさいますか?」
まあまあとアドラーは私たちを宥めながら視線をテノールに落とした。恐らく説明してくれるだろうと考えていたらしいテノールは若干困惑気味に小さく『ええ』と声を上げた。
「し、仕方ないわね。褒め讃えてくれると思ったのに」
私の扱いって何なのよ。とぶつぶつ言いながら溜息一つ。――それと同時だったか、テノールの頭が粉塵のようにかき消えていく。バランスを崩したクラベルは『おっと』と声を上げ体制を立て直す。そのまま顔を上げれば、その視線を私の背後に持っていった。
そこに何かがいるように――。それにつられるように見れば。
「でも、その前に良い事思いついちゃった」
長い指がとんと軽く肩に触れる。
そこには五体満足のテノールが立っていた。暗い双眸から冷やりとした空気が漂う。笑っているのに心底心から冷え込むような笑顔だった。
「ふふふ。少し、遊びましょう? 貴方たちが私の頭で遊んだのだから、私だって少し遊んでも構わないわよね」