【04】 「コンプレックスの裏返しの裏返し」
【登場人物】
■セカンドパーティー
「ルドラ」 (18)男 戦士
南の貴族の次男 リーダー 両手斧 やや褐色 黒髪
「マリ」 (18)女 魔術師
西の貴族の次女 金髪ボブ
「ジュウォン」 (18)男 治療師 魔拳銃使い
東の貴族の次男 緑スパイラルマッシュ
「ライサ」 (17)女 剣士
北の貴族の次女 犬系の半獣族 茶色い長髪
「ハンナ」 (17)長老の孫
───黒の魔導王。
それはガイア帝国の西の領土を収める貴族の長男であり
最強の四人組「ファーストパーティー」の魔術師の二つ名である。
代々優秀な魔術師を排出する西の貴族は、子が生まれてから三年経ったあと鑑定の儀を行う。
魔術というものは生まれ持った才能が多くを左右する。
多くの魔術の才能があるものは称えられ、少ない魔術の才能であれば冷遇される。
鑑定師の老婆が、黒子の魔導王───とのちにそう呼ばれることになる、西の貴族の長男を鑑定した。
「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁあああ!!!」
彼女は、驚愕のあまり椅子から転げ落ちた。
そして、そのまま亡くなった。
頭を石床にぶつけたのである。
享年87歳だった。
鑑定道具である水晶は、その者の魔術の才能を示す。
例えば、炎魔術が使えるのであれば「赤色」に光る。
水魔術であれば「青色」。
土魔術は「橙色」。
風魔術は「緑色」である。
もしその子どもに炎と水の才能があれば、赤と青が混じった色である「紫色」となる。
死んだの老婆の近くにあった水晶の色は、
寸分の光もない「黒」
まったくの闇であった。
古い文献に残されていた記録によると、これは全ての魔術の才能を示す反応なのである。
文字通り、千年に一度の神童だった。
西の貴族たちは、老婆の死を忘れて狂喜乱舞した。
皆が彼を神の子と崇めた。
これで我が一族は安泰だ。
この子は天からの贈り物だ、と。
その天才児───黒の魔導王はすくすくと成長し、期待通り才覚をあらわし始めた
その武勇伝は帝国の隅々にまで伝わった。
「6歳で家一つ分の水を生成した」
「台風でピクニックに行けそうになかったので風魔術でそれを吹き飛ばした」
「自分に仕えるメイドが近眼で悩んでいたので強化魔術で視力を強化してあげたら100Km先の灯台が見えた」
その飽きない武勇伝で世間の耳目を集め、
皆が彼の将来に期待をしていたのである。
ましてや水晶が橙色にしか光らなかった妹のことなど、誰も気に留めていなかった───。
■
"マリの新しい杖を買おう"
これが俺たちの次の目標だ。
そのために今、俺たちはヴァンガ村の出発して、次の街へと向かっていた。
森の中を淡々と進む。
もう少しで次の街だ。
「ルドラ様、どうしましょう?」
この女の子は長老の孫娘、ハンナだ。
次の街までの案内役を名乗り出てくれた。
「どうした?」
「ここからは、短い代わりに山を登るルートと、遠回りだけど平地のルートがあります。どちらがいいですか?」
「平地ルートにしてよ」
後ろからジュウォンが代わりに答えた。
「分かりました! では平地のルートから行きましょう」
別にいいけど、勝手に答えられてしまった。
俺がリーダーなのに。
「……ルドラ様の筋肉ってホントすごいですよね〜。少し触ってもよろしいでしょうか?」
「おう、いいぜ」
「わぁ〜、かた〜い♡」
そう言って俺の腕に巻きついて、密着してくる。
彼女は自分の頭を俺の肩に乗っけた。
うーん、悪くない。
来たようだな。
え? 何が来たって?
モテ期、である。
思えば俺の周りは女性は女っ気のない女性ばかりだった。
ライサは妹みたいな存在だからちょっと違うし、マリは友達って感じだ。
これはもしかしたらハンナといい感じになるんじゃないか。
ほら、見たまえ、彼女は恍惚とした表情で俺の瞳を見つめているではないか。
なんかいい匂いするし、このまま付き合っちゃえば……
しかし、なぜか後ろから殺気立った目でライサが睨んでくる。
いや怖い怖い……ちょっと鼻の下伸ばしただけじゃん、ごめんて。
怖すぎるのでハンナと離れて歩くことにした。
「つまりね、兄様は占星魔術が使えるのよ!」
「ふ~ん~ そうなのか~ すごいね~」
マリはいつものように自分の兄貴の話をしている。
その内容は「兄様最強!」ばっかりだ。
アイツは普段から兄の自慢話をよくする。
ジュウォンはめんどくさそうに自慢話を右から左に聞き流している。
「兄様の手にかかれば私たちなんて全滅よ!」
……む。
そうとも限らんだろ、戦ったこともないんだし。
いや、あの人は最強だからあり得るかも……。
マリの兄である「黒の魔導王」の噂は、小さい頃から聞いている。
鑑定の水晶が黒色に染まったというのは千年前が最後だったらしい。
文字通り、千年に一度の天才だな。
「兄様は火水土風の魔術や占星魔術以外にも強化魔術やなんかも使えてね~」
「そりゃすごいね」
「家族はみんな兄様のこと期待してるの!」
「ふんふん」
「そのせいでお父様とお母様は私のことなんか全然構ってくれなくてね~」
「なるほど~」
「久しぶりにリヒター地方産のリンゴが食べたいなー」
「マリのお兄ちゃんは天才だね~」
「いま兄様の話してないんだけど?」
やばい。ジュウォンが適当に相槌打ってるのがバレた。
「あ、やば」
「絶対まじめに聞いてなかったよね!?」
マリは青筋立てて怒っている。
ジュウォンはバツが悪そうな顔をした。
「ちゃんと最後まで聞いてたよ」
「うそ!」
「なんだっけ、占星魔術が使えるんだっけ?」
「それ最初の方じゃないの! ムキー!」
「ちょっとマリさん落ち着いて! ジュウォンさんもちゃんと話を聞いてあげて下さい」
二人がぎゃーぎゃー騒いでいるのをライサが仲裁する。
マリが騒ぐのはいつものことだが、なんだか今日はジュウォンが機嫌を悪そうにしているな。
「……あのさー」
「なによ!」
マリが腕を組んでジュウォンの言葉を待っている。
「マリって本当はお兄ちゃんのこと好きじゃないでしょ?」
「……え?」
突然のジュウォンの言葉に、マリは固まってしまった。
「……は? バッカじゃないの!? こんなに兄様のことを尊敬してて……」
「『尊敬してる』とは言うけど『好き』とは言わないよね?」
「いや、もちろん好きだけど……」
なんか歯切れが悪いな。
……でも、正直言うと俺もなんとなく思ってたんだよね。
マリの兄自慢は無理して言っているように見えなくもなかった。
「つまりね、マリの過剰な兄自慢は、コンプレックスの裏返しの裏返しなんだよ」
「……なにそれ、意味わかんない」
眉間にシワを寄せてマリがジュウォンを睨む。
ジュウォンは続ける。
「マリはね、完璧なお兄ちゃんに対して劣等感を持ち続けてきたんだよ。
なんでも魔術を使える兄、それに比べて土魔術しか使えない自分。
だけど、その劣等感を素直に吐き出してしまうとあまりにもみっともないし、惨めだ。それはコンプレックスの裏返しだよね。
そして、君はそれが惨めで醜い感情だと自覚している。
だからこそ、別の手段を取ったんだ。それが『逆に褒めまくる』という方法さ」
ジュウォンは淡々と語る。
「逆に褒めまくって、『自分は兄に嫉妬していない』『劣等感を持っていない』とあらかじめアピールすることで、他人から兄と比較されて嘲笑されることを未然に防いでいるんだよ。
つまり、逆の逆だから、”コンプレックスの裏返しの裏返し”ってわけさ」
……はぁ。
まぁ、そうとも言えるかもしれない。
たまに「マリの兄自慢ってやりすぎだよな」って思ってたけど、そう説明されると少しだけ腑に落ちる。
けど言いすぎじゃない……?
マリが顔真っ赤になって口元を震わせている。
ちょっと泣いている。
マリはスーっと大きく息を吸う。
「はぁぁぁぁぁぁあ!?!? ばっっっっっっっかじゃないの!?」
過去一の大声だった。
俺とライサとはハンナは耳を塞ぐ。
「まじで意味分かんないんだけど! キモいキモいキモい! お前絶対モテないだろ! くたばれ! 死ね! もう知らない!」
すっごい形相で顔真っ赤になりながら、先に行ってしまった。
「……ちょっとジュウォンさー」
「言い過ぎですよ……どう考えても」
「……ふん、事実を言っただけだよ。逆に罵倒されたのは俺のほうじゃないか」
ジュウォンは無表情でそう言った。
彼は普段からしつこく兄自慢するマリのことが気に入らなかったらしい。
「…………ぅう、だ、大丈夫ですか?」
無関係のハンナがなぜか泣いていた。
大喧嘩でびっくりしてしまったらしい。
「心配しないでよハンナ、いつものことだから」
「そ、そうだよハンナちゃん! 私たちにはよくあることなんだから」
「な、ならいいんですけど」
……なんだか面倒なことになった。
というかマリはどこ行ったんだ。
ハンナが口を開く。
「こ、この先はずっと一本道で、すぐ次の街に着きます。このままマリさんを追いましょう」
うーん。
なんだか不安だ。
俺たちは次の目的地、"商業の街"ゲーティスに向かった。
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