【01】 「兄より優れた弟など存在しないらしい」
ここは貧しい村、ヴォンガ。
この村をはじめて見た者は廃村と見間違うに違いない。
古く廃れた家、荒れ果てた村道、壊れた柵。
人影は少なく、たまに現れる村人も痩せこけいて、生気を失っている。
──ひもじい、ひもじい。
至る所からそんな声が聞こえてきた。
「おおぉ……このままではいかん……みんな死んでしまう……」
そう言ったのは御年70歳のちじれた白ひげをたくわえた長老である。
長老は苦悶の表情を浮かべる。
「ううむ……あの"妖精"どもを、なんとしてでも蹴散らさねば」
妖精とは、近年ヴォンガ村の近くの山に住み始めた生き物である。
しかし、妖精と聞いて侮ってはいけない。
ヴォンガ村の住民が飢えに苦しんでいるのは、ひとえに言って妖精たちが村の作物を食い荒らすからである。
「妖精をなんとしてでも駆除せねばならぬのに……」
長老はしわくちゃになった手を震えながら握りしめた。
「このままでは、ヴァンガ村が滅んでしまう……
もうおしまいじゃ……
だれか……助けてくれ……!」
その時だった。
「話は聞かせてもらいましたよ!!」
長老の後ろから青年の大きな声が鳴り響いた。
驚いて振り返ると、そこには四人の若者が堂々と立っていた。
「あ、あなたがたは……いったい……」
「ふふふ……」
何がそんなにおもしろいのだろうか、今の声の主であるリーダーの戦士がほほえみながら長老に近づいた。
「俺が来たからにはもう安心です!」
「俺”たち”……でしょ……」
後ろにいた金髪ショートの魔術師の少女が、小声でつっこんだ。
つっこまれたことなどお構いなしに、やや色黒であるリーダーの戦士は言葉を続ける。
「聞いて驚かないでくださいよ……なんと……わたしたちは……!」
その言葉に呼応して、後ろに立っていた三人も含め、全員が奇妙なポーズをとった。
それは、子どもの英雄ごっこのような極めてダサいポーズだった。
「俺たちは! 皇帝より直々に魔王討伐を任命された最強の四人組……」
息を大きく吸いあげて、高らかに名乗り上げた。
「『セカンドパーティー』だ!!」
・・・。
かなり間が空いてから、長老が疑問を漏らした。
「せ、せかんどぱぁてぃー???」
■
あ、あれぇぇぇ???
おかしいな、この人、俺たちのこと知らないのかな……
ま、まぁ結成してからそんなに時間経ってないしー
そんなに成果挙げてるわけでもないから知らなくても当然っていうかー
いやこの長老さんが世間に疎い可能性もあるしー
いや突然名乗り上げたからビックリしてるだけでホントは知ってるんじゃないか……。
と、俺がぶつくさ独り言を言ってる間に、後ろにいた金髪ショートの魔術師、マリーヌが恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「ほらぁ、おじいさんキョトンってなってんじゃん。だからこのクソださいポーズはやめようって言ったのに……」
「いやいや、マリだってノリノリだったじゃん。ほら、そのポーズかっこいいじゃん。マリの決め顔もマンドラゴラみたいで可愛いよ」
「な、なに言ってんのよ! マンドラゴラが可愛いわけないでしょ!」
マリーヌこと、マリは俺の背中を魔術師の杖で強くたたいた。
短い金髪、小柄な体型、青い瞳のツリ目の女性だ。開いた口から八重歯が出ている。全体的に猫っぽい印象だ。
ちょっとちょっと……その杖は貴重なんだろ? そんな乱暴に扱っていいのだろうか……
ちなみに、マンドラゴラは根菜のような姿に人間の顔が張り付いた、土に埋まっている魔獣の一種だ。引っこ抜いたとたんに聞くに耐えない奇声を発して精神に異常をきたすが、その顔はしわくちゃな感じでなかなかチャーミングだ。
このあたりにも生えてないかな……と思っていたら、もう一人の仲間である女剣士からのフォローが入った。
「かっこよかったですよ、ルドラ先輩。今度はもう少し村の人と仲良くなってから名乗りあげましょう」
そういって俺の肩を置いてくれたのは長剣を背負い込んでいる女剣士で、犬系の半獣族のライサだ。
犬の耳と尻尾。白い肌、黒い瞳、薄茶色の長髪の女性で、銀色の鎧をまとっているので、初めてみた人は騎士のような印象を受けだろう。
俺を見ながら尻尾をふりふりしている。
こいつは結構いい奴で、なにかと辛辣なマリから俺を守ってくれるのだ。
ちなみに年齢は他三人の一個下だ。
「そうだよな、やっぱりライサはわかってる女だ」
「もう! ライサちゃんは甘すぎるよ!」
マリはなんかプリプリしてるが放っておこう。
「今度から風魔術で紙吹雪を舞わせようと思うんだけど、どうかな?」
「……それはやめときましょう」
おっと? これはダメだったか。失敬失敬。
「あはは、ルドラは相変わらずバカだね」
腰に二丁の魔拳銃を持った緑髪の男、ジュウォンがへらへら笑った。
四人の中で一番身長が高く、重めの前髪が目の少し上までかかっている。
コイツ……相変わらずデリカシーがないよな。
「バカってどういう意味だよ!」
「ルドラのそういう真っ直ぐなとこは好きだけどさ、そもそも……」
「”バカ”って ど う い う 意 味 だ よ !!!」
「そこ引っかかる?」
ジュウォンが呆れてツッコむ。
「そんなことよりマリにこの前手に入れたゴブリン素材の服を着せたいいんじゃない? インパクトがあっていいと思うよ~」
「あーなるほど、いいね……心得た」
「心得るな!」とマリが叫ぶ。
「あはは、やっぱりルドラ先輩らしいです」とライサが笑う。
俺たちがギャーギャー騒ぐので、静かなヴォンガ村が一気にやかましくなった。
「あのー、そろそろいいですかね?」
気まずそうな顔をした長老がおそるおそる声をかけた。
「「「あ、すいません」」」
しまった、長老ほったらかしにしてしまった。
俺たちから話しかけてのに。
長老とその孫娘は、俺たちの前に並んで座っていた。
「なるほど、あの『ファーストパーティー』の弟さんと妹さんなんですね」
長老は俺たち「セカンドパーティー」のことは知らなかったが、「ファーストパーティー」のことは知っていたらしい。
俺たちと同い年くらいの長老の孫娘も、ファーストパーティーの血縁者だと聞いて、ようやく俺たちのことを信用してくれたらしい。
長老の孫娘である少女は嬉しそうな顔をして、両手で口を抑えて感激していた。
「え~~すご~い! この村でファースト様たちの兄弟に会えるなんて!」
鼻息を強くして憧れの眼差しを俺に向けていた。
おいおい俺に惚れちまったのか?
やれやれ、罪な男だぜ。
孫娘の少女と俺は至近距離で目を合わせる。
にしてもこの娘、めっっっっっちゃ可愛いな。
目がくりくりしててキュートだし、笑った時のえくぼがチャーミングだし、なんかいい匂いするし、お尻も大き………痛い痛い痛いライサ俺の足つねらないでゴメンゴメン。
少女は俺に目を輝かせて質問した。
「ファーストの皆様ってどんな人たちなんですか? やっぱり噂通り美男美女なんですか? あ、四人だけでS級危険生物の白龍を討伐したって本当なんですか!?」
少女の質問攻めは止まらない。
……なんだそりゃ。
いま、兄貴たちは関係ないだろ。
「いま、兄様たちは関係ないですよね」
隣から女性の低い声が割って入った。
その声の主は不機嫌そうなライサだった。
少女はポカンとした顔をしたのち、はっとして謝罪した。
「ご、ごめんなさい……」
「いいのですよ、分かれば。私も強く言ってしまって、すいません」
ライサはさきほどの不機嫌な顔を引っ込めて、微笑した。
自分で壊した場の雰囲気を、また和やかにしようと努めているのがよく分かる。
「私は話してもいいわよ! 私の兄様は天才なんだから!」
マリはそういってにっこり笑った。
彼女は本当に自分の兄が好きらしい。
ことあるごとに兄自慢をしたがる。
ただマリよ。
そのマンドラゴラみたいなしわくちゃな笑顔はやめてほしい。
俺は嫌いじゃないけど……ほら、女の子怯えて震えてんじゃん。
長老は話題をこの貧しいヴォンゴ村のことに戻した。
「この村は今のように飢えていたわけではありませんでした。多くの穀物が実り、村は活気にあふれて、収穫祭はそれはそれは盛り上がったものです」
昔を慈しむ長老はにこやかな表情を浮かべた。
しかし、その顔が暗い影を落としはじめたのは、妖精の話をした時だった。
「しかし、数年前より突如として現れはじめた“妖精”によって、我が村で大切に育てていた穀物が食い荒らされ始めたのです」
長老は彼は数少ない抜けた歯を食いしばって、苦悶の表情を浮かべる。
「村総出で討伐しようとしたことがありましたが、まったく歯が立ちませんでした。
あの妖精どもは狡猾で、奇妙な魔術を使って我々を翻弄してきたのです。
あれはもう……我々の力ではどうしようもありません」
長老は頭を下げた。少し遅れて孫娘の女の子も頭を下げた。
彼らはは誠実な態度で頼み込んできた。
「奴らは北の山の中に生息しています。お願いします……どうか妖精どもを討伐していただけませんか……」
頭を下げた二人を見て、女剣士のライサは俺に聞いた。
「どうしますか? ルドラ先輩」
ふふふ、そんなこと勿論決まっておるだろう!
「その依頼受けましょう! セカンドの名において!」
■
現状は、最悪だ。
……どうしてこんなことになったのだろうか。
目の前には妖精たちにいいように遊ばれてる仲間たちがいた。
それは酷い有り様だった
「とりゃ! あぁ……もうダメだ。剣が全然当たんない……私ってなんでこんなにダメなんだろう……」
剣士のライサはいざ妖精を目の前にして半泣き状態で剣をブンブン空振りさせている。
一応彼は剣術の達人らしいが、剣術もくそもないめちゃくちゃな動きで剣を振り回している。
彼女は本番に弱いタイプなのだ。
しかも、めっちゃネガティブになっている。
尻尾が結んだ髪のように垂れ下がっている。
「……ふう。ありゃ弾当たんないね。無理ゲーだわ」
治療師であり魔拳銃を使うジュウォンは、高く飛ぶ妖精に対して射撃するがぜんぜん当たっていない。
魔拳銃とは、魔力による起爆で弾を発射するリボルバー式の魔道具である。
しかし、ぜんぜん当たっていない。
空が暗い上に、妖精が動き回っているので一匹二匹しか当たってない。
「もぉぉぉl! ちょこまかとうっとうしいわね! ムキー!!」
マリもマリで酷い。
彼女はさっきから土魔術で生成した大岩を妖精にぶつけようとしてるが、これがまぁ当たらない。
だって妖精は手のひらサイズの小さい生き物なのだから、こんな大味な攻撃は簡単に避けられてしまうに決まっている。
え? 他の魔術を使えばいいって?
バカなことを言わないで欲しい、マリは土魔術しか使えないのだ。
あ、アイツいま自分のマントにひかかってコケたな。
「ウフフ……」
「アハハハ……」
「タノシイネ……」
「ヒト、オドロカスノ、タノシイ……」
妖精は虫の羽の生えた少女のような姿だ。
なんかボソボソ喋っている。
肌の色は緑。
俺たちを煽るようにちょこまかと攻撃を避けまくる。
数にして80匹くらいだろうか。
「ブルルンッ!! ブフン!」
「うっへー! 目が三つあって気持ち悪りー」
俺は何をしているのかというと、ハクイノシシという魔獣と対峙している。
その名の通り、真っ白のイノシシだ。
コイツはとにかく身体がデカくて、力が強い。
体長は俺3人分くらいかもしれない。
このハクイノシシが興奮している理由は一つ。
妖精たちがばらまく鱗粉によって情緒不安定にされているのだ。俺たちもこれを浴び続けるとヤバい……。
「ブゴォ!」
「くッ!」
俺はハクイノシシの突進を、両手に持った斧をバッテンにするように防いだ。
にしてもなんて怪力だ。俺が押し負けるなんて……。
「これでも喰らえ!」
右の斧を思いっきり振りかぶって、ハクイノシシの頭に攻撃した。
しかし……
「グルル……ガァ!」
「……クソッ!」
ハクイノシシはすぐさま前足で俺を突き飛ばした。
勢いそのまま地面を転げ回った俺は、背中を木に強くぶつけてしまった。
俺は身体は頑丈なので痛くはないが、ヤツの突進は強力だ。
なにより、背中はヤバい。
あと、脳天ぶち割る思いで振りかぶった斧は、あまり効いてないらしい。
このままじゃ泥試合だな。
攻撃力が足りない。
「おい、ジュウォン! コイツに魔拳銃を撃ってくれ」
「はぁ、はぁ、全然当たんないね、これ。
討伐依頼なんて面倒こと受けなきゃよかったな。
こんなことなら宿に引きこもって新しい薬草でも作っていたかっ……
え?……撃つ?……オーケー分かった!」
なんか変な発言が聞こえた気がしたが聞こえなかったことにしよう。
ジュウォンは魔拳銃を構えて、引き金を引いた。
銃身から魔力によって放たれた弾は
まっすぐ進んで空気を切り裂いていき……
俺の頭に直撃した。
「おい、ジュウォン……」
「あぁ、ごめん!
わざとじゃないんだ……マジで!
だってルドラとイノシシがずっと動いてるから当てづらいんだよ」
なんでアイツは魔獣じゃなくて俺ばっかり当てるんだよ。わざとなのか?
俺は頑丈だからいいけど。
ヤバい……ハクイノシシもさらに興奮してきてる。
このままじゃ持たない。
「ライサ! こっち手伝ってくれ! 俺が正面で防ぐから、横からお前の剣で……」
「うわぁ、どうしよう……はぁ。妖精に全然あたらない。たぁ!……ああ、また外した。この動きの型は実家の訓練所でさんざんやったのに……どうしよう、どうしよう、もうダメだ。あぁ私って昔からダメな娘なんですよ。いつも実践では役立たず。ルドラ先輩の足引っ張るのはもう嫌だ。うわぁ……また来た。鱗粉めっちゃかけてくるし……もう……」
……全然、俺の声聞こえてないな。
これはネガティブモードのライサ、通称『ネガサ』だ。
彼女は一度ネガティブになったらもうお終いなのだ。
彼女の立派な耳は完全に垂れ下がっている。
ライサ……落ち着きさえすれば強いのになんでああなっちゃうんだ。
こうなったらもう、マリの大岩を生成する土魔術”メテオ”でハクイノシシを仕留めよう。
「マリ! 妖精はもういいからこっちの援護をしてくれ。俺がこいつを引き寄せるから、その間に”メテオ”の詠唱をしておいてく……」
バキ――。
・・・。
ん?
なんだ今の音は?
マリの方から聞こえたがどうしたんだ?
アイツなぜか顔が真っ白になって、口を開けてわなわなさせている。
いったいどうしたんだ?
「おいおい、今の音はいったい――
「折れちゃいました」
え。
彼女は泣きそうな顔でこちらを向いた。
「私の杖……木に当てちゃって……折レチャイ……マシタ……」
俺は大きく息を吸い込んでから、叫んだ。
「撤退だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
どうやら長老と最初に会ってマリが俺の背中を杖で強く叩いた時の衝撃で、
杖にヒビが入っていたらしい。
それで、そこらの木に杖を軽くぶつけて、バキっとなったのだ。
「はぁ最悪。弾丸何個も失っちゃった。……でもこれで帰還か。やったね。道中みつけた珍しい草で新しい薬が作れそうなんだよねー」
「あぁ、やばいなぁ、やばい、妖精とイノシシ追いかけて来てる。うぅ、また先輩方の役に立てなかったよぉ……。あぁ、私はなんてダメな女なんでしょう……」
「オレチャッタ……ワタシノ、ダイジナ、ツエ。オレチャッタ……」
……
──俺たち、セカンドパーティーは、兄貴たちよりも早く魔王を討伐する。
結成の時、そう誓った。
俺たちは、本当に魔王を討伐できるのだろうか。
やはり、兄より優れた弟は、存在しないのだろうか……
俺はみっともない姿で敗走する仲間の背中を見つめながら、魔王城がある東の方向を眺め、遠い目をするのであった。
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