不死の実
昔々、ある所に人々から恐れられている森がありました。そこには多くの霊が棲んでおり、神秘の森とも言われていました。なぜ多くの霊が棲んでいるのだろうか。その理由は、ある物を守るためだと言い伝えられています。それは・・・「不死の実」。口にした者は魂が永遠に身体に宿り、生き続けることができるのだと・・・。
人々は、その「不死の実」を手に入れるべく、神秘の森へと足を踏み入れて行きました。しかし、一人残らず人間の世界に帰ることはできなかったという。今では、決して誰も近づくことはありません。
数百年後、その沈黙を一人の男が破った。彼の名前はグトール。一代で帝国を築き上げて人々から英雄と呼ばれていた人物である。勢力は増す一方だった。
「私は英雄となった。しかし、私にはまだ手に入れるべきものがある。それは、永遠の命だ。私は神となるのだ」
「やめておけ。あの森に足を踏み入れてはならぬ。二度と人間の世界へ戻ることはできなくなる」
帝国で最も信頼を寄せる知識人が忠告した。
「なあに、神の世界にでも連れていかれるとでも言うのか。その霊とやらを退治し、不死の実を手に入れてやろうぞ」
グトールは、数百の兵を率い、神秘の森へと進んで行った。
森の中に入るなり、薄暗くなった。木々がこれぞとばかり生い茂り、太陽光をほとんど、全てと言っていいほど遮っている。進めば進むほど暗さは増し、数キロメートル進んだところで、完全に光が消えた。
「灯りを」
兵達は、それぞれ松明に火をつけた。すると周りには、数百ほどあろうか、白骨化した死体が沢山転がっていた。かつてここで戦が起こったかのようだ。
「恐れるではない。前へ進め」
兵達は前進し続けた。その時、パキュと音がした。一人の兵がその死体の骨を踏み砕いたようだ。
「・・・・・・」
全員が静まりかえった。不吉な予感がした。パリパリパリ・・・。パリパリパリパリ・・・。骨の砕けるような音が辺りに広がる。その時、バタンと何かが倒れる音がした。一人の兵が悲鳴をあげた。隣に立っていた兵が突然首から血を吹出して倒れ、そのまま息絶えたのだ。悲鳴をあげた兵はパニック状態となり、進んできた道を逆走して逃げ出した。
「この臆病者。戻らぬか」
グトールの叫び声は虚しく響きわたるのみで、その兵は姿を消した。今度は別の場所から悲鳴が上がる。その光景は目にすることが出来た。一人の兵が死体に襲われている。羽交い締めにされ、そのまま暗闇へと引きずられていった。パリパリパリ・・・。数百の死体が動き出し、一団の元へと差し迫って来た。
「皆の者、戦うのだ」
グトールの言葉で、一団は一斉に戦い始めた。ある兵は剣を振り回し、死体の骨を砕いた。ある兵は、体当りで死体を突き飛ばし、体をばらばらにさせた。また、複数の死体に襲われ下敷きになる兵、折れた骨の尖った先で腹を刺される兵もいた。
「グトール様。このままでは全滅してしまうかもしれません。まだ戦っていない我々だけでもこの場から逃れましょう」
「・・・仕方あるまい」
数十の兵を率い、グトールは立ち去った。その時、グトールの背中に突然激痛が走った。
森の足を踏み入れて間もない間に、多数の兵を失ってしまった。しかし、目的は達成しなくてはならない。
「グトール様、背中が」
グトールの背中には大きな引掻き傷があった。
「早く手当てを」
グトールは上半身に包帯を巻いた。
「先へ進もう」
一団は歩きだした。
今度は、周りが大きな岩に囲まれている場所に辿り着いた。薄暗いが、先ほどより暗くはない。大きな岩には所々隙間があった。
「気をつけろ。何かの罠かもしれぬ」
一団は慎重に前に進んだ。一歩一歩、何かに襲われないように、非常にゆっくりだった。その時、岩の隙間から高温の炎が吹き出てきた。
「あーーーーーーーーーーーー」
後ろを歩いていた兵は瞬く間に火に囲まれ、姿を消した。
「走れ」
グトールと兵達は全力で駆け出した。隙間という隙間から火が吹き出てくる。まだ直撃こそしていないが、体が燃えるように熱い。一人の兵が突然つまずいて前のめりになり、そのまま岩肌に顔面をぶつけた。ジューっという音がした。その顔からは肌が流れ落ちていた。それを助ける間もなく、彼らは走った。とにかく走った。体が溶けていくような地獄だった。
「水だ。水がある」
突然、前方に池のようなものが見えた。その辺りは、岩でなく土が広がっている。もう少しだ。その時、グトールは前によろけた。岩の出っ張りに足を取られたようだ。兵達はそれに気がつくことなく、池に向かって走って行った。
「おいっ、待て」
グトールはとうとう転倒した。しかし幸いなことに、そこは柔らかい土だった。岩に囲まれた火の地獄から間一髪免れたのだ。
「・・・っつ・・」
激痛の走る背中を抑え立ち上がった。他にも手や足、顔を火傷してしまったようだ。辺りには兵達は見当たらない。池に飛び込んだままなのか。
「グトール様」
突然どこからともなく声が聞こえた。
「お前たち、無事だったのか」
兵は四人だけ残っていた。茂みに隠れていたのだ。
「他の者はどうした」
「それが・・・・」
一人の兵はそのまま言葉を詰まらせた。恐怖で体が震えている。
「私が代わりにお話しましょう」
もう一人の兵が話し始めた。
「私たちは、我を忘れて走って逃げました。申し訳ございません。そして、池を見つけました。しかし、すぐに怪しいと思い、熱いのをこらえながら足を止めました。仲間は構わず池に向かい、飛び込んでいきました。そうしたら・・・」
「どうしたのだ」
「・・・そのまま溶けていきました」
「・・・な・・んだと・・」
「あれは水ではなく、高濃度の水酸化ナトリウム水溶液か何かだと思われます」
「・・・。そうか・・」
「グトール様。私はもう嫌にございます。これ以上このような恐怖にはもう耐えられません」
恐怖に怯え、言葉を詰まらせた兵がもう一度口を開いた。
「なら帰るがよい。それともここで死ぬか。この臆病者」
グトールは中傷した。
「・・・。ならば・・ここで死にます」
その兵は剣を抜き、自分の腹に突きつけた。
「おいっ、待て」
兵はあっさりと息絶えてしまった。その死体が虚しく転がる。
「・・・行くぞ」
グトールは三人の兵を率いて先へと進んだ。
しばらく進むと、突然草原が広がり、光が射している場所へとたどり着いた。数十メートルほど向こうには一本の大木が立っている。この場所から見ても幹は半端なく太い。手を繋いで周りを囲むには、二十人ほどの人間が必要だろうか。また、上の方には沢山の葉が生い茂っている。降り注ぐ光を全部吸い取ろうとしているかのようだ。
すると、一瞬葉と葉の間から、キラキラと光るものが見えた。枝から葉とは別のものが生えている。
「・・・不死の実・・・。あれこそ不死の実だ」
グトールはそう言った。静かな声で。しかし、その声からは多少の恐怖心も垣間見えた。
「グトール様。行きましょう。我々がお守りします」
グトールの周りを三人の兵が囲んで歩きだした。目指すは、不死の実を宿す木、それのみ・・・。死体郡の攻撃、火の地獄、体を溶かす液体・・・。次に何が襲ってくるか分らない。ここは霊の棲む森。不死の実を守る森。四人の足取りは慎重かつ、すぐに走れるような態勢をとっていた。
しかし、何も事はなく、大木の麓に到着した。不思議ではあったが、着いたことに変わりはない。その大木はやはり大きかった。高さは五十メートルほどあろうか。非常に太い根・幹に支えられ、この森の秘宝の最後の砦となっている。葉は二十メートルほどの所で生い茂り、その間から強く光を反射する物体が見える。
「グトール様。私がこの木を登ってあの実を取って参ります」
「分かった。お前に任せる」
一人の兵は、幹の凹み、小さな穴に手や足を引っ掛け、慎重に登って行った。その間、下にいる三人はひたすらその姿を見続けていた。
20分ほど経ったであろうか。その兵の姿は見えなくなった。葉の生い茂る場所へと入って行ったようだ。周りは静かだ。風も吹いていない。
「・・・・・・・・・・」
沈黙が続いた。額からは汗が滴る。その時、大木の葉が擦れる音がした。そして、何かがこちらへ向かって落下してきた。三人は慌ててその場を離れた。物体は、ドスっとその場に落ちた。
「・・・・・」
大木を登った兵だった。目と口を開けたまま死んでいた。一体何があったのかは全く分らない。しかし、右手にはキラキラ光るものが二つ握られていた。サクランボほどの大きさで、虹色をした強い光沢を持っている。とても不思議な実だった。
「此奴は2つも取った。グトール様に捧げる他に自分も口にしようとした。だから罰が下ったのだろう」
そばにいた兵がそう言い、死んだ兵の手から実を2つ取った、
「待て。そういうお前は、そう言いながら1つ口にする気であろう」
もう一人の兵が歩み出てそう言った。
「私は最後の最後までグトール様にお仕えしてきた。だからこの実を口にする権利があろう」
「いや待て。その権利はこの私にもあるではないか。その実をよこせ」
「やるものか」
「・・・・ならば」
二人の兵は剣を抜き、対峙した。一つの実をめぐり、気が狂い始めている。
「やめぬか」
グトールは叫んだ。しかし、二人は争いを始め、互いに腹を刺し、互いに息絶えてしまった。グトールは呆然と立ち尽くした。
死んだ兵の手から実を取った。多くの犠牲を払ってしまった。この一つの実のために。しかし、手に入れることはできたのだ。これを口にすれば、永遠に死ぬことはない。私は神になることができる。この数百の犠牲などたいしたことではないではないか。私はそれを超えるものを手に入れたのだから。グトールは笑った。大声で。この世界を手に入れたかのように。そして、この神秘の森の秘宝を口に入れた。
「これから我が世界へ帰ろうではないか」
体に力がみなぎるようだった。グトールは、来た道をそのまま帰り始めた。三人の死体をそのままにして・・・。
死の湖の畔に着いた。グトールは、不死の力を試すべく、その中の手を入れた。手がヌルヌルし、皮が剥けた。しかし、何も痛くはなかった。グトールは自殺した兵の死体のそばを素通りし、岩に囲まれた火の地獄へと入った。周りからは炎が吹出し、顔や体を焼いた。しかし、なんの痛みも感じないし、意識もはっきりしていた。ますます気分が高揚した。死体の場では、また白骨化した死体が襲ってきた。体を切りつけてきたが、やはり痛みは感じない。傍らに、多くの兵が死んでいたが、気にすることなくその場を過ぎ去った。
死んだ兵の一部は、白骨化していた・・・。
グトールは森を脱出した。不死を手に入れて・・・。そして我が帝国へと帰ったのだった。
「私は帰った。ここに証明する。不死の実を手に入れ、神となったのだ」
グトールは叫んだ。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、人々はこちらを見たままその場で凍りついていた。そして少しずつ後ずさりし、その場から逃げ出して行った。
「・・・何と」
グトールは驚いた。英雄が神となって帰ってきたのに、人々は歓迎することなく逃げ去った。何と言う無礼か。グトールは城に帰り、そのもの達に罰を与える命を下そうとした。
「ああ・・・・」
しかし、城の者もグトールを見るなり、逃げ去った。グトールはますます怒った。
「この愚か者ども」
そこには、出兵する前に忠告した知識人がいた。彼もグトールを見るなり、一歩ずつ後ろへ下がった。
「・・・立ち去るのだ。この悪霊」
彼はそう口にした。
「な・・・・」
偶然、隣に鏡があった。グトールはその姿を見て、その場で凍りついた。
グトールは人里離れた森に身を潜めていた。皮膚は溶け、背中には穴が空き、顔が崩れ、目玉が垂れ下がっていた。体そのものは死に、腐敗していた。
しかし、彼は永遠に死ぬことはないのであった。
昔々、ある所に人々から恐れられている森がありました。そこには、多くの霊が棲んでおり、神秘の森とも言われていました。なぜ多くの霊が棲んでいるのだろうか。その理由は、ある物を守るためだと言い伝えられています。それは・・・「不死の実」。口にした者は魂が永遠に宿り、生き続けることができるのだと・・・。
人々は、その「不死の実」を手に入れるべく、神秘の森へと足を踏み入れて行きました。しかし、一人残らず人間の世界に帰ることはできなかったという。今では、決して誰も近づくことはありません。




