1.『エピローグ』
微睡みの中、周りの様子が違うような気がした。時間感覚もおかしくなっている今となっては、"何時"と"どこから"はわからないけど。
最後の食事はいつだったか、こっそり新聞も一緒に持ってきてくれる彼ももうしばらく来ていない。
まぁ、いつの新聞かは知らないけど。
太陽の巡りに食事と新聞。
あと、たまに少し話をしていく食事係の彼。
そういえば、最後に彼が来た時何か言っていたような気がする。気になったら次来た時にでも聞こうと思ってたが、まさか来なくなるとは。
とにかく、それだけが外界との繋がりだった。
まぁ、知ってもどうしようもないし、興味も無いけど、微睡みの中の暇潰し程度にはなる。
こんな価値の無い、生きてるのも億劫な世界で。
寝ていると、突然大きな爆発音が響き渡った。
そして、近くに何かが落ちてきた音がした。
動かずに少し目を開けてみると外壁と牢屋の一部が崩れていた。そして、瓦礫の上に一人の人影があった。土煙で隠れていてよく分からないが、長い髪がたなびいてることから女だろうか。
「釈放の時間です」
…脱獄の間違いじゃないか
と思わず口にしそうだったが出る気など毛頭ないので無視を敢行。
ぶっちゃけ地面が突然なくなるとかじゃない限り何が起きようと関係ない。せいぜい暇潰しに傍観するだけだ。
石造りのせいで床は硬いが別に問題ないし、食事係が食事を持ってきてくれるしついでに掃除もしてくれる。たまに新聞も持ってきてくれるから暇潰しもある。雨風しのげる上に食事付き。しかもずっと寝てても誰も文句を言わない。つまりは、三食昼寝付きの上に何をしていてもいいのだ。
控えめに言って最高の環境だ。
…というか何もしたくないしする気もない。
あっ…でも雨降ったらどうしよう。この辺そんなにいい気候じゃないんだっけ。
「あ、あれ?聞こえてますか?もしかして寝てます?」
その声音から人影は少女のようだった。
壁をぶち抜くなんて大胆な真似をするわりに案外小心者なのかもしれない。
そもそもの話、こんな所で捕まっている時点で十中八九罪人だ。それも通常の監獄じゃ扱いに困った特大の厄ネタ。そんな罪人を出そうなんてまともな人間のやることじゃないだろうしその目的もろくなもんじゃないに決まってる。
というかこの牢屋に誰がいるのかという事実を知ってる時点で怪しさしかない。
それにわざわざ起こす理由も分からない。寝ている間に拘束でもして連れていった方が都合がいいだろうに。
人影の方も対応を決めかねているのかこちらの様子を伺っているようで何もしない。
その内に土煙が晴れてきた。同時に雲に隠れていた月が顔を出し始めた。
そこには月明かりに照らされた、銀髪のゾッとするほど容姿の整った少女がいた。
人形の様でいて、そして──
「あの、さすがに無視はひどくないですか?」
咎める様にこちらを見てくる少女。そして、
「それとも出たくないんですか?」
そう問いかけてきた。
……。
「真っ当な釈放ならまだしも、脱獄をする気はないぞ」
起き上がって応えると、会話する気があるととったのか可愛らしい笑みを向けてきた。
「どうしてですか?」
「三食昼寝つきでなにもしなくていい環境なんて最高だろ」
「そういうものなんですか?それにここ一応牢屋ですよね?それにしては随分な暮らしぶりなようですけど」
吹き込む風で散らばった新聞や隅っこに置いてあるくたびれたクッションやらに目を向けながらいう。
「他の牢屋も同じようなもんだと思うぞ」
「他の牢屋は牢屋っぽくなにもなかったとおもいますけど」
「そりゃ人がいないからだろ」
「そもそもここにあなた以外に捕まってる人なんていましたっけ?」
「いた…気、が……す…る」
自信なくなってきた。なんか最近ごっそりと人がいなくなった記憶があるけど、え?なに?一人残して皆いなくなったの?
流石に酷くない?どうやって食事すればいいの?飢えるのは辛いから嫌なんだけど。
「ちなみにそのクッションはどうしたんですか?」
「元々ついてた」
「そんなわけないでしょう」
「じゃあ差し入れ」
「じゃあって……まぁいいです」
まともに会話をするのはいつぶりだろうか。食事係の彼ともほとんど会話したことはなかったのに。状況か、彼女の纏う雰囲気か、何かがそうさせるのか。
──それとも、牢屋での生活で何か変わったのだろうか。
咎人のくせに?
そんなわけない。あってはならない。
「さて、本当に出る気はないんですか?」
「ない」
出る意味も、理由も、何一つとしてありはしない。
「仕方ないですね」
そういいながらも残念そうでは決してなく、それどころか、どことなく嬉しそうにさえ見えた。
「諦めたわけじゃなさそうだな」
「もちろんです。貴方には是が非でもここからでてもらいます」
妙にこだわる。明らかに狙ってここまでやってきている。なぜなのか。
「こんなとこにいる囚人をわざわざ牢屋から出して一体何をさせようってんだ?」
「そうですね…強いて言うなら護衛でしょうか。私の旅のお供をしてほしいのです。得意でしょう?そういうの」
「……別にそんなことはないぞ」
何とも嫌な感じだ。一方的に知られていて、予定調和のような気さえする。
「ともかく、ここから出る気はない」
寝っ転がって背を向け、拒絶を示す。3日ぐらい寝てればいなくなるだろう。だとすると問題はこっちか。……死ぬか?まぁ大丈夫だろう。あとは自給自足でもしてればいい。誰もいない島で一人で生活というのも風情がある。多分。少なくとも気楽ではある。
「そういうと思って、ちゃんと貴方にも得のある話を持って来ましたよ」
そこで、一度言葉を切って、
「貴方の願いを、望みを、叶えてあげます」
そういった。
その言葉は、声は悪魔の囁きだったのかもしれない。けど、いやだからこそ、やけに耳について、印象的だった。そして、興味が湧いた。こんなところまで来て、ある程度の来歴を知っていて、その上望みを叶えられるという。
口角がつり上がるのが感じられた。こんか感覚は久しぶりだ。
「具体的には?」
起き上がり、向き直る。そして、その少女を正視し、今度は真剣に問う。
すると、少女は満面の笑みを浮かべ、
「よくぞ聞いてくれました!」
嬉しそうに、自慢げに、まるで子どもが大人に褒めて貰えると思っているかのように続ける。
「この旅の終わりに、私が──────」
返ってきた答えは、その言葉は、とても甘美に聞こえた。
可能かどうか、信じるかどうかは別にしても興味をそそるには十分だった。
だから、
「わかった。その旅、付き合ってやるよ。お嬢様」
ここでのるのも一興かと思って、そうこたえた。