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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたの物語

作者: キグルミ

「何これ?」


 学校からの帰り道、友人との別れ際、一冊の本が落ちているのを多治見紬里は発見した。本は革装丁が施されており、タイトルには「あなたの物語」と書かれていた。


 ふと気になりこの本を拾い上げ、ぱらぱらとページを捲ると最初の1ページ目を除いて他のページには何も書かれておらず、最後まで真っ白なページが続いていた。


 改めて唯一何かが書かれていた最初のページを開き、目を通すと思ってもみない内容に紬里は眉を顰めた。


「眉を顰めている………」


「ツムリ、何してんの?」


 眉間に触れながらそう呟くと紬里と共に下校していた笹島露葉がそれを不審に思い後ろから声をかけてきた。


「あ、ツユハちゃん」


「なにそれ、落とし物?汚いよ」


「え?あっ、ちょっと待って………わっ!」


 風でぺらりとページが捲れると先程まで何も書かれていなかったはずのページに新たに文字が書き込まれていた。その事に紬里は目を見開く。


「ねぇ、ツユハちゃん、これ」


「ん?何か面白いことでも書いてあった?」


「いや、面白いかはちょっと分からないけど」


 紬里は本を露葉に向けて見せて続けて言った。


「この本、今の私のことが現在進行形で書かれてる!」


「………………………え?」


 紬里と露葉は困惑した表情で顔を見合わせる。


 タイトルに「あなたの物語」と書かれたこの本には、紬里がこの本を見つけてからの彼女自身を中心とする周囲の行動や発言が物語として綴られていた。



 最初は紬里の発言そのものに困惑していた露葉も文章に目を通した事で困惑の対象は紬里からこの本へと移り、考え込むように腕を組んだ。


 一方で紬里の中ではこの本に対する困惑は徐々に興奮へと変わりつつあった。


「ねぇ、ツユハちゃん」


「ん?」


「この本ってもしかして魔法の書なのかな!?」


 紬里は目を輝かせて露葉に尋ねた。事実、二人とも自分たちの行動や発言が即座に文章になっているこの現状を科学的に説明することはできそうになかった。よって必然的にこの本に超常的ななにかを感じずにはいられなかった。


「んーそうかもしれないね」


 露葉は若干呆れつつも、微笑み、極力優しい口調でそう返した。


「だよね⁉︎そうだよね⁉︎………………え?呆れてたの?」


「読むな読むな」


 晴れやかだった紬里の表情がこの本に目を通したことで一転して曇るのを見て露葉は自分の考えを話した。

 

「なんていうか………地味じゃない?」


「地味?」


 紬里は露葉の言葉を繰り返した。


「普通こういうのって未来のことを予言しているとか、自分たちが抱えている問題を解決するための助言めいたことが書かれているとかするものだと思うんだ」


「うんうん」


「でも、この本には今の出来事が書かれているだけ。確かにそれもすごいことだけど………正直、だからなんだ、って思う」


 二人にとってこの本は確かに特別な力を感じさせる代物であったが、それがどう役に立つのかを考えると何もアイデアは浮かんでこなかった。


「確かに………でも何か活用方法があるんじゃないかなぁ?」


 紬里はそう呟いてこの本の有効利用する方法に考えを巡らせ始めた。


「今のことが分かる………でも、それは本がなくても分かってることだし………他の人に見せるにしてもビデオで撮る方が伝えやすいし………うーん………」


 必死になって考えるが魔法のような目の前の現象とは裏腹に思い浮かぶ用途はどれも地味で凡庸なものばかりだった。


「────────って思うんだよね。………ねぇ、聞いてる?」


「え?」


 紬里が物思いに耽ることを中断し、露葉を見ると苛立ちがこもった表情でこちらを見つめていた。


「だ、大丈夫‼︎ちゃんと聞いてたよ⁉︎」


「そう?ならいいけど」


 そう言ってふと携帯の時計を見て、露葉は一瞬硬直した。


「バイトの時間がだいぶヤバいから私は先に行くね」


 紬里はこれまでの付き合いの中で露葉のだいぶヤバい、がほぼほぼ詰んでいるという意味だということを知っていた。


「わっ、急いでいても事故には気をつけてね!あと、この前でた強盗まだ捕まってないみたいだし、人気の無い道は避けるんだよ!」


「ん、ありがと、それじゃ」


 露葉の滅多に見せない余裕のない返事により紬里の不安はより一層掻き立てられた。


「ほんとに大丈夫かなぁ………そういえば」


 ふと紬里は先ほど聞き逃した露葉の言葉を確認しようとした。


「あれ?」


 しかし該当する場面にその文章は書き込まれていなかった。


「まぁ、また今度聞けばいっか」




 露葉と別れた後も紬里は本の使い方をぼんやりと考えながら歩いていた。


「今の出来事が書かれる………今の出来事が書かれる………んー……………ん?」


 抱きしめるように持つその本の使い方がいまいち思いつかず唸っていると一つのぼんやりとした可能性が浮かんできた。


「今のことが………書かれる?………じゃあ、その反対はどうなんだろう?」


 紬里はリュックから筆箱を取り出し、その中から一本のボールペンを手に取って本に書き込んだ。


 "紬里は曲がり角で100万円の札束を拾った。"


「なーんて………んなっ⁉︎」


 紬里は自分の持つ札束を見てわなわなと身を震わせた。


「まさかとは思ったけど………ほんとに?」


 紬里は目を輝かせた。


「本に自分が書いたことも今の出来事になるんだ‼︎」


 紬里は高まる興奮を抑えきれず走って家へと向かった。




「キャー‼︎ひったくりよ‼︎誰か捕まえて‼︎」


その声が聞こえたのは学校から家までの折り返し地点に当たるスーパーの近くだった。

 その方向を見ると倒れた40代ほどの年齢の女性と片手に女性ものの鞄を持ったまま原付を走らせる男の後ろ姿があり、まさにひったくりの現場そのものだった。


「ひどい………あ、そうだ!」


 紬里はすぐにボールペンを手に取った。


 "男は盗んだ鞄を落とした。"


 それと同時にバランスを崩した男は道から逸れて電柱に正面から激突し、回転しながら数メートル飛んでで地面に倒れた。


「………………………………え?」


 一瞬の静寂の後、辺りに女性の悲鳴が響き渡った。

 それを皮切りに周囲がざわめきだし、紬里の目には遠巻きに様子を伺う野次馬や、男を車道から移動させようと慌てて近づく人、それから倒れたまま動かない原付に乗っていた男の姿が映った。


 その惨状に頭が真っ白になっていた紬里はハッと我に返った。


「ど、どうにかしないとっ」


 "事故にあった男は幸いにも大きな怪我せずにすんだ。"


 そのためか錯乱した彼は逮捕されまいと、彼を車道から移動させようとした男性の背中で暴れ出した。

 それによってひったくり犯を背負っていた男はよろめき、二人はまとめて反対車線を走ってききた自動車に衝突した。


「あ、あぁ……」


 紬里は目の前で拡大した惨劇に呆然とし、逃げるのようその場を去った。




 走り疲れた紬里はとぼとぼと人混みを歩いていた。


「ツムリ」


 紬里は急に名前を呼ばれてビクッと全身を硬らせる。恐る恐る声のした方向を振り向くとそこには露葉がいた。


「っ………つ、づゆばぢゃん゛っっ‼︎」


「うおっ、泣いてんの?……ってツムリそれ」


「どおしよう‼︎私のぜいで、人が、大怪我をぉ゛‼︎」


 紬里が抱き抱える本を見て険しくなった露葉の表情はその言葉を聞いてより深刻なものになった。


「………とりあえずその本見せて」


 露葉が奪い取るようにして紬里から本を取り上げるとその内容に急いで目を落として、考え込むように項垂れた。


「つ、ツユハちゃん?」


「………こうすれば……いや、でも………あっ」


"紬里は札束をブレザーの胸ポケットにしまった。"


「ツユハちゃん、今のは?」


「話は後」


 紬里は投げ矢な返事にバイト前の露葉を思い出した。


 次の瞬間、露葉はすごい勢いで紬里の前に出た。

 その視線の先を見ると全身黒づくめの男が人混みの流れに逆らい、真っ直ぐにこちらに向かっているのが見えた。


「っ!」


 露葉は息を呑んだ。

 こちらに向かってくる男の持つナイフが車のライトに反射して見えたからだ。


ハッとして紬里が目を向けると露葉の肩はちいさくふるえていた。


 どんどん近づいてくる黒づくめの男は目前まで迫ると足を大き歩踏み込んだ。


「ツユハちゃん‼︎」


 紬里は反射的に露葉の手を引きくと恐怖で硬直していた露葉は後ろに倒れ込んだ。

 そして次の瞬間、胸に強い衝撃を感じた。


「うぐっ‼︎」


 露葉がバッと顔を上げると全身黒ずくめの男が紬里の胸にナイフを突き刺していた。


「うおりゃあ‼︎」


 露葉は起き上がると肩にかけていた鞄を手に持ち替えて黒ずくめの男を殴りつけた。


「ぐわっ」


 男がよろめくのを見て露葉は紬里の手を取り走り出した。




「もう、逃げきれた………かな」


 露葉は肩で息をしながら後ろを振り返りそう呟いた。


「ツムリ、大丈夫?」


「はぁはぁ、な、なんとか」


 その場にしゃがみ込んでいた紬里は息を切らしながらも返事をした。


「ナイフ刺さった場所は?」


「さっき札束が入れたところだっから刃は体に届いてないよ」


 紬里は胸ポケットから穴の空いた札束を取り出して札束と露葉の顔を交互に見る。


「………ねぇ、なんでツユハちゃんはナイフで胸を刺されるって分かったの?」


 今回、露葉が紬里に札束を胸ポケットに入れるよう指示してなかったらもしかしたら紬里は死んでいたかもしれなかった。


 露葉はこの本を鞄から取り出して答えた。


「正直な話、賭けでしかなかったんだけど、この本に強盗に襲われる伏線が貼られていたから」


「………え?伏線?」


 想像もしていなかった言葉に紬里は呆気を取られた。


 そんな紬里に対して露葉は順を追って説明を始めた。


「まず、この本についてだけど、紬里はこの本のことを魔法の本だって言ってたね。でも多分、いや、もはや間違いなくこれは呪いの本だよ」


「呪いの本?」


「うん、きっと紬里はこの本を見つけた時、まるでファンタジーみたいだ、って思ったんじゃないかな?」


「う、うん。そう思った」


 紬里が頷く。


「そこから間違ってたんだよ。最初にこの本の特徴とかに妙な違和感を感じたのもそれが原因。これはファンタジーじゃなくてホラーだったんだ」


 紬里もその言葉を聞いて納得がいった。ファンタジーであれば超常的な効果を持つ道具は登場人物に恩恵を与えることが多いが、もしそれがホラーであればそういった道具が登場人物に牙を剥くのは定番の流れだと知っていた。


「な、なるほど」


「特にこれは持ち主の願いを意に沿わない形で叶える猿の手の亜種なんじゃないかと思う。だからツムリが、この本に文章を書き加えるたびに事故の被害が大きくなったんだと思う」


 事故のことを思い出した紬里は後悔に表情を歪ませた。


「でも、最初に書いた時だけは問題が起きなかった。正確にはすぐに起きなかった」


「あっ」


 紬里は札束を拾った後、特に何も起きなかったことを思い出した。


「他にも改めて文章を読み返したら最近強盗がでた、って後に紬里の前に強盗が荒るれることを仄めかす文章があった。きっとそのお金も強盗が奪った後何かしらの問題が発生して落としたものなんじゃないかな」


 露葉が紬里の持つ札束を指さしてそう言った。


「だから私はそれを逆手にとって強盗に襲われても助かるよう伏線を貼った」


「それが胸ポケットに札束を入れた理由?」


「そうだよ、まぁ、だいぶ賭けだったけどね………伏線なんて現実の視点から見たら気に留めるようなものでもないし。でも、紬里が無事で良かったよ」


 心からの露葉の言葉だったが紬里の表情は晴れなかった。


「でも、あたしのせいで人が二人も大怪我しちゃった……」


 紬里は泣きそうな顔でそう言った。


「ツムリ、物語は伏線を貼るのと同じように不要な情報は書かないことで進行するものだと思うんだ」


「……?」


 紬里は露葉の発言の意図が読み取れなかった。


「たとえばこの本には今日もう10月なのにやたら蒸し暑いとか、満月が綺麗とも書いてない。………それに紬里がこの本の使い方について考えてる時に私がこの本は見なかったことにして捨てた方がいいと思う、って言ったことも書かれていない」


「………え?」


「つまりね、この本はそもそも情報を選定して展開をある程度は誘導していたってことだよ。一つ目の文章を書き加えた後すぐに悪い問題が表面化しなかった事も含めてね。それどころか最初からずっと行動してから文章が書かれるんじゃなくて、書かれる文章の通りに私たちが動かされているって考えた方が自然なんだよね。最初の眉間に触れるくだりとか」


「っ!」


 紬里は目を見開いた。


「だからしょうがなかったんだと思うよ。あまり気に病まないでね」


「………ごめんね、ありがとぉ」


 露葉の慰めに紬里は泣いて感謝を伝えたのだった。




「泣き止んだ?」


「ずずっ、ありがとう、ツユハちゃん」


 鼻をかんだ紬里は改めて露葉に感謝を伝えた。まだまだ事故のことを割り切れてはなさそうだっが、それでも、現状に目を受けられるだけの気力はなんとか取り戻せたように見えた。


「それじゃ、いい加減この物語を終わらせようか。ジャンルがホラーで確定した以上完結するまで全然気が抜けないし」


 露葉がボールペン取り出す。


 "完結"


 することはなかった。


「あれ」


 "終わり"


 はまだ来ない。


「えぇ………」


 "めでたしめでたし"


 とはいかなかった。


「………なんかすごいやな予感がする」


 その予感は見事に的中した。一本道の先に先程紬里を刺した黒ずくめの男の姿が見えた。


「ど、ど、どうしよう⁉︎」


 安心し切っていただけに紬里の動揺は大きかった。


「紬里は110番に電話して。大丈夫、一応交番のある方向に逃げているし、強盗自体はなんとかなる。それよりもこの本がなぁ。この本の影響下から逃れる。できるなら無力化して私たちから引き離す方法を考えないと」


「ツユハちゃん、この本のことはあたしに任せて」


 どうしたものかと悩む露葉に紬里はこの本のことは自分が請け負うと言い張った。


「大丈夫?ツムリ何か考えとかあるの?」


「ツユハちゃん、一部のジャンルを除いてほぼ全ての物語はある一つの定型文によって締め括られるんだよ」


 心配する露葉に向けて紬里は自信の篭った眼差しで答えた。


「うん、それじゃあ、そっちは任せたよ」


「うん!任された!」


 露葉は紬里を信じ、この本を託した。紬里のボールペンを持つ手に熱がこもる。


"この物語はフィクションです。実在の人物•団体•事件とは一切関係がありません。"

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