ヒロインではありません。
「あなた名前はなんとおっしゃるの?」
お忍びで街に出ているであろうあきらかに貴族だと思われる女性に声をかけられた。
「ミモザと申しますが…」
「やっぱり…。ヒロインがこんな場所でなにをしているんですの⁉」
「…え?」
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私は下町に住むミモザ。
両親はパン屋を営むごく普通の平民だ。
母は以前はお貴族様のお屋敷で下働きをしていたこともあるらしいが、結婚をして私が生まれたことで父と小さなお店をかまえている。
今日は店の手伝いで買い出しに行っていたのだが、突然見知らぬご令嬢に
「なぜヒロインがこんなところにいるの」
などと声をかけられたのだ。
曰く、
このご令嬢は転生者であるそうだ。
曰く、
私は物語の主人公(ヒロイン?)であり、実は男爵の隠し子なんだとか。
曰く、
物語の中ではその男爵に望まれ、貴族籍を取り王国の学園に通っているはずなんだとか。
「あの、お言葉ですが…私が男爵様の隠し子というのはありえないかと。」
確かに母は以前、お屋敷に勤めていたこともあるが私と父は瓜二つだ。
「そ、そんなはずはございませんわ!あなたエントーリ男爵と瓜二つですし」
「あぁ、父の兄だと聞いています。」
「…は?」
父はエントーリ男爵家の4男ではある。父と母の出会いも男爵家だ。
下働きとして勤めていた母に一目ぼれをした父が猛アタックをし、跡継ぎではない4男だったからこそ、平民の母と結婚できたのだ。
「そんな、ライ様とミモたんの恋を間近で見ることができませんの…?」
「お嬢様、そろそろお戻りになりませんと。」
「え、ええ、そうね。突然申し訳ございません。失礼いたしましたわ。」
護衛だろうと思われる方にご令嬢は連れられていった。
なんの冗談か、貴族間ではそんな物語や芝居でも流行っているのだろうか。
そんなことを考えていると、遠くから声がした。
「おーい、ミモザどうしたんだ?そんなところでボーっとして」
幼馴染で恋人のライザだった。
目の前までやってきたライザに今起きたことを話した。
「ランマント侯爵令嬢かな…。」
どうやら心当たりがあるらしい。
ライザ曰く、自分が通っている学園にランマント侯爵令嬢がおり、初めて顔を合わせたときに同じようなことを言われたそうだ。
ライザは王都でも有名な商家の長男であるため、学園に通ってはいるが身分は平民。
突然侯爵令嬢から声をかけられたことから記憶に残っていたらしい。
「それにしても不思議なこともあるもんだな。お貴族様が俺たち平民の恋愛事情を知りたいだなんて。」
「本当にね。私はむしろ貴族社会のほうが気になるな。」
もう会うことはないだろうが、面白い出会いもあるものだなとこの時の私は思っていた。
しかしその後、事あるごとに町で
「生ライ×ミモのリアルデート…!ありがとうございます!」
と侯爵令嬢に物陰から叫ばれることになるのはまた別のお話。
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初めての投稿です。
思い付きでこういうの好きだなあと思って書きました。