4
翌日、俺はいつも通り会社に出社した。
そして席に着くといつも通りのルーチンワーク用のスクリプトを起動した。
客のクレームメールを受信してAI分析された問い合わせ内容に最適なテンプレート回答が次々と送信されていく。
あーあ、今日の仕事も大変だったなぁ。まだ10分しかたってないけど。
俺がパンピー業務をこなしている間に掲示板のあいつらがせっせと情報をかき集めているはずだ。
そんなことを考えながらヤフーニュースを見ていたその時、課長がやってきた。
「ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「実はうちのサーバーが昨晩から攻撃を受けているらしくてね。君にはその調査と犯人の特定、あとできれば撃退して欲しいんだけど」
「わかりました」
「頼んだよ」
俺は早速サーバー管理室に向かった。
「すみません、今大丈夫ですか?」
「ああ、平気だぞ」
「実はですね……」
俺はさっき課長から受けた依頼の内容を伝えた。
「なるほど、わかった」
「じゃあよろしくお願いします、僕も色々と忙しくて」
「おう、任せておけ」
そう言って先輩エンジニアは俺にサムズアップしてきた。
「じゃあ、頑張ってください。完了の連絡を受けたら俺から課長に連絡入れますんで」
そう言って俺は仕事を丸投げした。
持つべきものは有能な先輩だよな。俺は心の中でそう思った。
俺は自分のデスクに戻ると再びブラウザを眺めた。
するとすぐにアラートメールが届いた。
掲示板で有益な情報がリークされたらしい。
よしよし。俺はさっそくポートに穴を空け串を通してこっそりと掲示板を覗いた。
なるほど、それっぽいソースコードが示されているな。
IEを裏で起動してF5連打、まあそんなところだろう。
IPアドレスは……..あれ? なんかおかしいな。
IPが1つしかない。しかもこいつ……
「あのクソ野郎の端末と同じだ……」
間違いない。こいつは田代の端末だ。
つまり田端さんを殺したのは田代ということで確定になる。
これは気になる。気になるがこれは俺の仕事じゃない。
ふたたび掲示板に情報を垂れ込んでソースの解析を続ける。
しかし、どうやら肝心な部分のソースがまだ欠けているようだ。
どうやってネットワークを維持しているのかまるで分からない。
トポロジーじゃないのか?あるいはメッシュネットワーク。いや、違うか。
なら一体なんだ?
「あ、そうだ」
俺はさっきのコードを思い出した。
たしか変数名はiだったはず。
もしかしたらこれが重要なヒントかもしれない。俺は急いで最初のソースファイルを開いた。
そして、見つけた。
if(j==1){
ret=connection(next_ip)
if(ret==1)
for(i=0;;i++){
keypush('F5')
}
}else{
add(next_ip)
}
}
これに違いない。センサーが指示を受けたら手あたり次第に接続を試みている。
このコードの書き方の癖は30代、いや40代以降の男性によるものだ。そして自尊心が強い頑固者。右利きで朝食はパン派だ。俺の直観がそう告げている。
ということは、おそらくこのキーの発信元はサーバー側のキーボードで、サーバー側はこのキーを使ってプログラムを走らせるのだろう。しかし、
「うーん……わかんねぇ……」
とりあえずこのサーバー側と通信していること、そして攻撃の仕組みはなんとなく想像できた。
しかし、肝心の正体がわからない。
「やっぱわかんねえわ」
俺が諦めかけたその時、
「おいおい、こんなところで何やってんだ?」
背後から声をかけられた。
振り返るとそこにはサーバー室にいたはずの先輩がいた。
「いや、実はですね……」
俺は先輩に適当にでっちあげた事情を説明した。
「ふむ、なるほどな。そういうことか」
「えっ、わかるんですか?」
「まあ、大体だけどな」
そう言うと先輩は俺のパソコンの画面を覗き込んできた。
「あ、ちょっ」
「ほれ、ここ見ろよ」
先輩に言われて俺はマウスを操作してポインタを動かした。
「えっと、これって」
「ああ、これな。おそらく、ここに何かがあるはずだぜ」
先輩が指差したのは別ファイルに書かれていたサブルーチンだった。
「さっきの変数がiとjだから、俺の勘では次はkなんじゃないかと思うんだ」
「なるほど!さすが先読みの魔術師と言われるだけのことはありますね。じゃあ早速試してみます!」
俺は早速そのサブルーチンをスニペットから強制起動させてみた。
俺クラスのハッカーになると、通常では起動できないサブルーチンだって偽装して単体起動させることができるのだ。
そして、結果は大当たり。
「やりましたね、先輩」
「おう」
俺たちはグータッチを交わした。
こうして俺はこのソフトの全体像を掴み始めていた。
***
俺は帰宅後、さっそく掲示板の分析結果スレを確認した。
「どれどれ……」
俺はその中身を見て思わずニヤリとした。「やっぱりな」
掲示板の連中は俺と同じように謎のソフトの正体を掴んでいた。
そう、これは田端さんの作ったツールだ。
たぶん、あいつは田端さんと一緒にあのサーバーに侵入した時に田端さんが作ったものをそのままコピーしたのだろう。
それで自分のマシンにインストールしたってわけだ。
だが、残念ながらそのやり方だとあのウイルスに勝てなかったってことだ。
「ざまあみやがれ」
俺は心の中でそう呟きながらブラウザバックボタンを押そうとした。
しかしその瞬間、俺はあることに気づいた。
「待てよ……」俺はもう一度掲示板を見た。
「いや……違うな。こいつら、まだ勘違いしているぞ」
俺は掲示板を遡って先ほどと同じ質問を検索して調べ始めた。
「あった、これだな」
俺は目的のページを見つけるとその内容を読み進めた。そして、確信を持った。
間違いない。こいつらは田端さんを殺した犯人を突き止めていない。
そう、こいつは犯人を見つけられないでいる。つまり……
『犯人はまだ捕まってはいない』
俺は掲示板に書き込んだ。
そしてすぐにレスがついた。
>>823:名無しのプログラマー
ID:XXX >>820 >>821 >>822 お前らが必死こいて探してる犯人は実はもういないんだよなぁ
俺は書き込みを見るとすぐに煽った。これでいい。
そして、数分後にまたレスが付いた。
>>826:名無しのプログラマー
ID:XXX >>823 は?どういう意味だよ?
>>832:名無しのプログラマー
ID:XXX あ?じゃあお前らあの組織が開発してたDDoS攻撃ツールが原因で内紛起こしてたの知ってんのかよ
>>833:名無しのプログラマー
ID:XXX はいきた!内部告発乙
>>835:名無しのプログラマー
ID:XXX ちょろいな!
「やっぱりこいつらダメだ。ちょっと誘導するか。」
俺は別のハックツールがあったという噂と、さらに自作自演でそのツールが欲しいと煽り立てた。すると、予想通り反応が返ってきた。
>>837:名無しのプログラマー
ID:XXX
>>834 え、まじか。どこにあるんだそれ >>842:名無しのプログラマー
ID:XXX
まあこんなもんだろ。祭り状態になったのを確認して俺はブラウザのタブを閉じた。
これで明日の夜には第一報が入っているはずだ。
しかしこのアホ共を統率するのは骨が折れるぜ。
MMORPGで培ったギルドマスターとしての管理能力が如何なく発揮されてるけどな。
そういえばあの防衛戦のときも敵の攻撃を止める方法として、地面に食料をばら撒いてサーバーに負荷をかけるか、魔法のエフェクトをかけてパソコンをフリーズさせるかで揉めてたよなぁ。いやあ懐かしい。
そんなことを思い出しながら眠りについた。
***
翌朝、俺はいつものように出勤した。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
先輩たちがパソコンの画面を見ながら生返事をした。
俺はそのまま席に着くなりいつもの手順で掲示板を開き状況を確認した。
驚くべきことに田代が主犯であることに気付いているようだ。
こやつら、なかなかやるな。
するするとスクロールさせていくと、またupしたという投稿が目に付いた。
流れが早かったためかまだカウンターが0のまま、誰もダウンロードしてないようだ。
それともダウンロードパスワードが分からなかったのか?素人め。
ファイル宅配便のサイトから昨日のパスワードを入力してダウンロードすると、そこにはあやしげなプログラムが展開されていた。
おお、これだよ俺が欲しかったのは。
どうやらメールアドレスを指定すると勝手にガチホのメールマガジンに登録されていく仕組みらしい。
凶悪だな、こいつは。
しかもまた接続先のIPが田代の端末だ。
いや、まてよ。
これとペアになっているプログラムは別のIPを指している。
なんだこれは。
「どこかで見たような」
そのとき天からシャワーのようにアイデアが降り注いだ。
「これは田端さんのログで見たIPだ。ということは」
俺は大急ぎでログを検索し突合していった。
「やっぱりそうだ。発信元が田端さんで、受けが田代。うん?」
さっきと逆になってる?
だんだんと頭が混乱してきた。
これ内部で双方に撃ちあってないか?
***
「これが今回の報告と集めたファイルです」
「どうもありがとうございます」
そう言って田宮さんは恭しく受け取った。
「ちょっと信じられませんが、なるほど、こういうことだったんですね」
「はい。どういう理由か分かりませんが、組織内で仲間同士で攻撃を行い相撃ちで組織もろとも崩壊した、ということのようです」
「まさかこんなことになっていたとは思いませんでした。相談してくれたらよかったのに」
そう言って田宮さんは目を閉じて黙り込みました。「それで、このウイルスは」
「はい、実はウイルスというよりはマルウェアですね。セキュリティホールを突いて外部から侵入してくるタイプのものです。ウイルス対策ソフトでは検知できないので防ぎようがないと思います」
「なるほど、そういうことなんですね」
田宮さんは再び目を開くと私をまっすぐ見つめて言いました。「それで、あなたはこれをどこで手に入れたのですか」
「田端さんが踏み台にしていたパソコンからそのままコピーしただけですよ」
「なるほど、わかりました。この件については他言無用でお願いします。それから、もし今後同じようなものを見つけたときは私にも教えてください。よろしくおねがいします」
「了解しました。こちらこそご協力感謝いたします。失礼いたします」
そう言うと、俺は喫茶店を後にした。
帰り道の途中、俺の頭の中はある疑問でいっぱいだった。
なぜ田端さんを殺した犯人はあのファイルを公開させたのか? そして、あのファイルをどうやって入手したのか? あれは確かに組織の内部にしか出回っていないものだったはずだ。
それにあのファイルを公開したところで犯人にとって何の利益になるというのだろう。
まったく人間というものはくだらん。私利私欲にまみれて、いつになったら学ぶのだ。
ボスキャラっぽいセリフが俺の頭にこだました。
***
俺は田中。孤高のスーパーハッカー。表向きは某巨大ネット企業でエンジニアをしている。
最近、上司である課長が俺のことを疑っているようだ。
理由は簡単だ。俺が客に返信しているメールの文面がどれも似たような内容だから、適当に回答しているのではないかと考えたのだ。
そりゃそうだ、俺の開発した問い合わせメール自動返信ツールで送られたメールの文面がテンプレートに相手の名前を差し込むだけの簡単な仕組みなんだから似ているというより基本同じはずだ。
それに何年も気づかないのだから課長とて仕事をしてないのはバレバレなのだ。なにをいまさら。
そもそも手を抜いていることに気付いても気付かないフリをするのがサラリーマンというものだろう。
しかたない。課長がやっているオンゲの友達キャラとして相談に乗るフリをして洗脳してやろう。
課長は表裏が激しいから、お姉さんキャラが言うなら話も聞くはずだ。
あーあ、何か面白そうなことないかなぁ。
俺はまたいつもの日常を取り返していたのだった。