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俺は田中。孤高のスーパーハッカー。表向きは某巨大ネット企業でエンジニアをしている。
カタカタカタ、ッターン!
このサーバーも脆弱性あり。
俺の手にかかればこんなサーバーへの侵入なんてチョロいもんだぜ。
ピンポーン
おや、誰だろうこんな時間に?
「はーい」
ガチャッとドアを開けるとそこには見慣れない黒服の顔が……
「やあ、君がコードネーム白金の騎士だね。入らせてもらうよ」そう言うと黒服は俺を押し退けて家の中に入ってきた。
えっなにこれどういう状況!? 俺は慌てて黒服の後を追う。すると黒服はリビングで足を止め、何かを探している様子だった。
そして黒服は1冊のテクノポリスを見つけるとニヤリと笑みを浮かべた。
「ふむ、これが例のファイルか……」
「ちょっと待ってください!」
俺は思わず声を荒らげた。しかし黒服は気にする素振りもなく淡々と話を続けた。
「私達はある組織から依頼を受けてやってきたものだ。私はリーダーの田坂という者だ」
「あっはい、僕は田中といいます」
「いや、君の本名なんか聞いてない」なんなんだよこいつ……まぁいい、今はそんな事より大事な事がある。
「あの、勝手に人の家の中に入ってこられて困るんですけど?」
「それはすまないと思っている。だがこちらも仕事なのでね」
「仕事ですか?」
「そうだ。君は先程我々の組織のデータベースに侵入していたようだが、その腕を見込んで頼みたいことがあるのだ」
「それならそうと最初から言って下さいよ。それで僕に何を依頼したいんですか?」「うむ、実はとある組織が開発したプログラムを無効化してほしいんだ」
「なるほど、そういうことですか。わかりました引き受けましょう」
「助かるよ。早速だが今からここに来るように指示が出ているので向かってくれ」
「えぇっ!?今からですか?」
「ああ、急いだ方がいいぞ」
マジかよ……今日はまだ寝れねぇじゃねえか! 俺は急いで支度をし、家を飛び出した。
指定された場所へ向かう途中、コンビニの前でヤンキー座りをしている男が目に入った。
おいおい、まさかあれじゃないよな?あんないかにもな奴が今回の依頼人なのか? 俺は恐る恐る近づいていった。
「あのう……」
男は顔を上げこちらを見ると不機嫌そうな顔をした。
「んだよお前、今から俺と遊んでくれるのか?」やっぱりか!絶対こいつが今回の依頼主だよ! どうしよう……ここは穏便に済ませたいな……。
俺はとりあえず男の隣に座ってみた。
「えっと、あなたが田端さんですか?」
「あぁん?そうだけどなんか文句あんのかコラァ!!」
ひぃっ!めっちゃ怒ってるじゃん!!怖すぎるわ!!
「いえ、なんでもありません。それより早く行きませんか?」
「チッ、しょうがねぇな」そう言うと田端は立ち上がり歩き出した。
よかった……なんとか切り抜けられたみたいだ。それにしてもさっきまであんなに怒っていたのに急に立ち上がって歩くとか情緒不安定すぎないか?大丈夫かなこの人……。
しばらく歩いていると目的地に到着したようで立ち止まった。
目の前には高層ビルが建っている。
ビルの入り口の前には警備員らしき人が立っていた。
田端は受付に行き何かを話し始めた。
すると受付にいた女性がエレベーターの方へ案内してくれた。
「こちらです」そう言われ着いて行くとエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの中は広く高級感溢れる作りになっていた。
「では私はここまでになります」女性は丁寧にお辞儀をした。
「おう、ありがとよ」田端はぶっきらぼうに答えるとすぐに扉を閉めた。
俺は不安げに辺りを見回していた。こんな所で何をさせられるんだろう?
「おい、何キョロついてんだよ」田端は不機嫌そうな表情を浮かべながら話しかけてきた。
「いや、こういう所に来るのは初めてなので少し緊張してしまって」
「ハッ、ビビリ野郎が。これから行くところに行くのは俺達みたいなのだけだ」
「どういう意味ですか?」
「まぁ見てりゃわかる」
エレベーターは順調に上がっていったと思ったらまた下がりそしてまた上がる。
ときには左右に移動しているようにも感じた。
そんなエレベーターがあるのだろうか。
それから10分ほど経つとエレベーターの扉が開かれた。そこには長い廊下が続いていた。壁は大理石のような素材で出来ており照明は淡いオレンジ色の光を放っていた。
「ほら行くぞ」田端はスタスタと歩いていく。
「ここはどこなんですか?」
俺は慌てて後を追った。
田端はある部屋の前に立つとノックもせずにドアノブに手をかけた。
「入るぞ」
部屋の中には大きな机が置かれていてそこに1人の男性が座っているのが見えた。
「田端君か、遅かったじゃないか」男性は眼鏡をかけオールバックの髪型をしていた。
見た目的に30代くらいだろうか?威厳のあるオーラをまとっている。
「すみませんね、色々と準備がありまして」田端は軽く頭を下げた。
「まぁいい、早速本題に入らせて貰うよ。今回はとある組織の開発したプログラムの無効化をしてもらいたいのだ」
「はい、わかりました。で、そのプログラムとは?」
「それはここにある。見てくれ」
そう言うと男性はパソコンを操作し画面を見せてくれた。
画面には文字や記号のようなものが表示されていた。
「これは?」
「簡単に言えばコンピュータウイルスだ」
「なるほど……それでこれをどうやって?」
「君は今からこのファイルにアクセスしてくれ。そしてそのあとにウイルスを除去して欲しい」
「えぇっ!?僕がですか!?」
「そうだ。頼むよ」
マジかよ……俺がやるのか?正直めちゃくちゃ怖いんだけど。
でも仕事だし仕方ないよな……。
「分かりました」俺は意を決してマウスを手に取った。
うわぁ……なんか凄い緊張感だな……。
俺はキーボードの上に手を置き、深呼吸をした。
c:
cd windows
delete apple*.com
そしてゆっくりと手を動かしエンターキーを押した。
カタッターン! ふぅ、これでひとまず安心だろう。
「よし、終わりました」
「おお、流石だね。ありがとう」
田端は笑顔で拍手をしてきた。
「いえいえ、これくらい朝飯前ですよ」
「謙遜することはないよ、君の実力はよく知っているからね」
「えっ?」
「ああ、気にしないでくれ。独り言だ」
なんだ今の言い方……まるでどこかで会ったことがあるような口ぶりだったけど……。
まあ気にしてもしょうがない。
「じゃあ僕は帰りますね」
「ちょっと待ってくれ」田端は呼び止めた。
「なんですか?」
「報酬についてだが……君は何を望む?」
「えっ?」
「だから報酬だよ。今回の依頼はかなり難易度が高いからそれなりのものを用意したいんだ」
「なるほど……うーん……」
金か……別にそこまで欲しいものはないしな……あっ!
「じゃあお金を下さい」「お金?それだけか?」田端は意外そうな顔をした。
「はい、僕ってあんまり物欲が無いんですよ」
「そうか……わかったよ。じゃあ振り込んでおくから確認しておいて」
「了解です」俺は部屋を出た。
***
部屋ではボスが満足気にパソコンを眺めていた。
「今の彼の動きを全てAIに読み込ませておいてくれ」
「かしこまりました」
「さっきの動きはコーパスの学習に役立ちそうだ」
「我々のウルトラハッカーα版の開発も大詰めですな」
「あぁ、やはり彼に任せたのは正解だったようだな」
小さく笑みを浮かべるとゆっくりとコーヒーを飲んだ。
***
翌日、俺は会社に出勤していた。
昨日の依頼の報酬を貰ったのだが、金額が予想以上に多かった。なので俺はネットで新しいパーカーを買ったり口コミレビューで美味しいと評判のレトルトを注文したりして有意義に使わせてもらった。
「おはようございます」オフィスに入ると皆が一斉に挨拶を返してくれた。
「おう、今日は早いじゃねぇか」課長が話しかけてきた。
「えぇ、まぁ。ところで田沼さんは?」
「あいつならまだ来てねえぞ」
「そうですか、珍しいですね」
「まぁそのうち来るだろ。それよりお前に客が来てるぞ」
「えっ?誰ですか?」
「ほら、あの人だよ」
課長は窓際の席に座っている女性を指した。
女性はスーツ姿で髪を後ろで束ねている。いかにも出来る女といった感じの風貌をしている。年齢は20代後半くらいだろうか?
「わかりました。行ってきます」
俺は女性の元へ向かった。
「初めまして、田宮と申します」彼女は名刺を差し出してきた。
「どうも、私こういう者です」俺もそれを受け取り頭を下げた。
「実はあなたに相談したいことがありまして」
「相談?どんな内容でしょうか?」
「ここでは話しづらいので場所を変えましょう」
「分かりました」